二章
「……お前たち〈ファンティーア〉の、〈歌〉の力のようなものだ」
スペルステスは、一句一句をおそるおそる紡ぐように、慎重に言葉を重ねる。
「つまり、あれか? 〈アンプロセア〉だけが持っているもの、ってことだよな?」
「ああ、そうだ」
「ふうん、なるほどな……確かに、俺たちの一族は〈碧き瞳〉とひとくくりでまとめられて呼ばれてるけど、全然違うもんなあ」
この島には、人間が進出し支配する以前、〈アンプロセア〉〈ファンティーア〉〈イブイーシア〉という、麗しい容姿と特殊な力・知識を有した種族が存在していた。
ひとまとめに〈碧き瞳〉と呼ばれていた彼らは、それぞれの特徴を端的にあらわした言葉でもって表現されることもあった。
「俺たち〈ファンティーア〉は、『語りと記憶を強いられし種族』とも言われる――つまり、この島で起こった出来事や、一族のひとりひとりの記憶を、一族全体ですべて覚え、その記憶を延々と伝承していく――それが、俺たちがどうしても逃れられない役割で、運命だ」
もっと厳密にいえば、覚えているのは〈風〉と呼ばれる存在であり、〈ファンティーア〉たち自身も記憶はするものの、彼らは〈風〉が確実に存在するための、あるいは島の記憶を引き出すための器にすぎないのだが。
しかしこれは、〈ファンティーア〉以外の者たちは知らないことだし、また言わなくてもいいことなのだ。クルーヤはそう教えられた。
「〈アンプロセア〉は『境をこえし方法を知る種族』――僕たちの場合、本当にごく一部の者に限られるが、光を闇に、昼を夜に、水を火に変化させる方法を知っているんだ。つまり、その一部の者たちが持っている知識が〈赤髪の秘儀〉と、呼ばれている」
そういってスペルステスは口をつぐんだ。これ以上は、きっと彼も言えないのだ。
クルーヤもそれはなんとなくわかったので、それ以上は追及しないでおくことにした。
代わりに、別の話題を投げかけてみる。
「スペルステスは、魔法も使えたんだな?」
「本当に少しだけだ。たぶん、たくさん〈歌〉をあやつる〈ファンティーア〉のお前と比べたら、使える術は限られている。回復の方法も知っているが、かなり効果は弱い。だから、たぶんこの怪我は最初から自力で治せなかっただろうな」
そう言って、赤髪の少年は再びスープを口に運んだ。
その後、何度か口を開いたり閉じたりしているスペルステスの行動を、クルーヤは少し不思議に思う。
「だから、お前があのとき僕を見つけてくれて、その……あー……えーと」
やっと言葉を紡いだスペルステスの頬は、少しばかり赤かった。
「感謝は、して……いる」
苦いものをかんだような顔で礼を言われても少し複雑だったが、クルーヤはそれでも微笑んだ。