二章
「……スペルステス」
「……お前の養母に呼ばれてるんだ。話は後で聞く」
そういってスペルステスは、奥の部屋に引っ込もうとした。すれ違いざま、小声で、鋭い言葉を残して。
「さっき見たこと、誰かに言ったら、お前を生かしておかないからな……」
冬の寒気よりも底冷えする、脅しだった。
クルーヤは、何も言えなかった。
――あの量の傷は、一体なんなのだ。
ネイファがスペルステスを治療している傍らで、何度も彼の体を見てきたはずなのに、クルーヤはまるで今、初めて彼の体を見たような心地になっていた。
あの量の傷は、クルーヤのように、隠れておびえることしかしていなかった者ならば、決してつかない傷だ。
あれは、戦って戦って、逃げ場もなくて、戦うしかなくて、引き返すことができなかった者であるという、証拠なのか。
(スペルステス……お前、は、一体……)
――どうやって今までの生を、切り開いてきたのか。
茫然とするままの彼のそばで、暖炉にくべられた薪が、音を立ててはぜる。
そして、その夜は更けていった。
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(まさか、そんなことがあるのかねえ……)
ネイファは、思案の末に思いいたったとある可能性に、首をかしげ、ため息をついた。
養い子のクルーヤは、今日も今日とてスペルステスが使っている寝台の側の床に陣取って寝ている。しかし、なぜか今日は就寝前の彼はやたらそわそわしていて、何度かスペルステスに睨みつけられていた。
そのたびに「ひいっ!」と叫んでいたクルーヤを見て、そんなにあの〈アンプロセア〉の子どもの半眼は怖いのか、と他人事のように思っていたが。
(クルーヤは、あの小僧を探している間に、何かを見た……のかもねえ)
明日になったら、あの小僧に聞いてみるしかないか。ネイファはそう結論付けて、しわだらけの瞼を閉じた。
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翌日。朝の食卓には、起き上がれるようになったスペルステスが加わり、人数は多くなった。
(人数は多いけど、な……)
クルーヤは、ネイファお手製のスープを口に運びながら、ちらりとスペルステスをうかがった。
ちなみに、〈ファンティーア〉一族にかかわらず、〈碧き瞳〉は食事をしなくても、水だけで十日間は生きていられる。
だから、クルーヤもスペルステスも、本来であれば食事をしなくても大丈夫なのではあるが、クルーヤはこの村に来てから毎食食事を摂ることを習慣にしているし、スペルステスにいたっては傷の回復が早くするため、少量でも食べるようにネイファから言われたのだ。