二章

「そんなことない。僕、スペルステスがどこかに行っちゃったら、すごく悲しいよ」


ポーエはその細い両腕で、スペルステスの指をはしっとつかんだ。スペルステスが目を見張る。


「スペルステス……その、うまく言えないけど……急がないで」


一瞬、スペルステスが呆けたような表情になったが、本当に刹那のことで、すぐに表情が引き締められる。


「どういう意味?」


慎重にそう問うと、ポーエは恨めしげな眼をした。


「スペルステスは、急ぎすぎなんだ。自分を大事にしてよ」


「……」


スペルステスは返事をせず、ポーエの頭をなで、踵をかえす。

クルーヤはあわてて正面を向いた。なぜなら、スペスルテスが暖炉の方へと歩いてきたからだ。

隣に立つ気配。クルーヤは夢中で暖をとるふりをして、ちらっとスペルステスをうかがう。

その瞬間、少し後悔した。

――まるで、ひどく傷ついた少女のような、顔をしていたから。

見てはいけなかったものを見た気がして、あわてて目をそらす。

が、どうしてそんな表情をしたのか、少し心配になって再び隣に目をやった。


「………!!!」



本気で叫びそうになった。

なんとスペルステスは、身にまとっている服を脱ぎ始めていたのだ。

クルーヤが振り向いたときは、まさに肩があらわになっていた。

いまだ水で濡れた白い肩に、これまた濡れたままの赤い長髪が落ちて、酔うようななまめかしさが漂っている。


(って俺、何考えてんだ! 落ち着け! 落ち着け落ち着け落ち着けええええええ!!)


顔を真っ赤にし、両眼を必死で閉じて、首をぶんぶんふって後退していたクルーヤは、ものの見事に壁にぶつかって床に尻もちをついた。


「うぎゃっ!!」


「……何やってるんだ、お前」


冷たい声が上から降ってくる。


「い、いや、そ、そのっ!」


思わず声がしたほうを振り向いてしまい、振り向いたとわかったとたん全身の血の気が引き、さらに目に映ったものを認識した瞬間、クルーヤはぽかんと口をあけた。


「……れ?」


スペルステスの体は、さっきみたような少女の体ではなくて、クルーヤと同じ年頃の少年のそれになっていた。

当たり前だが、胸のふくらみなんてものはない。

やせ気味の体が暖炉の炎に照らされ、あちこちにある傷を浮き立たせている。古傷から、新しい傷までを。

特に、少し前にできた腹の傷が、とても痛々しかった。

クルーヤは、愕然とスペルステスを見た。


スペルステスは、冷えた瞳でもって彼を見返す。
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