二章


(聞いてしまったら、今度こそ、殺されそうだな……)


ひんやりとした夜気が背にまでしみわたる。

外套をスペルステスに着せているので、余計に冷気を感じる。その時、ネイファの家の明かりが見えて、丸くて黒い影が転がってくるのが見え、ほっと息をついた。


「クルーヤーっ!! スペルステスもーっ! 無事でよかったよう!」


大声をあげてこちらを呼ばわるポーエのところまで全速力で走って行って、口をふさぐ。


「おいポーエっ! 夜遅いんだから、あんまり大声出すなよっ?!」


小声でたしなめると、ポーエはこくこくとうなずいて(というより、体全体を前方に揺らして)同意する。

クルーヤが手を離してポーエを解放してやると、彼は、転がるようにしてスペルステスのもとへ向かっていった。

ポーエがスペルステスの胸に何のためらいもなく飛び込むのを見て、思わず叫びそうになる。

だが、スペルステスは特に怒りはしなかった。

それどころか、心配をかけて悪かった、という表情も、必死で雪の上を這ってやってきてくれたポーエを愛おしいと思うそぶりさえも、見せない。

ただ、二人きりでいた先ほどとあまり変化のない表情で、ポーエを両手で包み込むだけだった。


(あ、あれ、胸は……? ポーエは、いいのか? 許されるのか?)


茫然とするクルーヤの隣を、スペルステスが通り過ぎていく。

あわててクルーヤはその後を追った。が追いつく前に、スペルステスがネイファの家の扉を開けた。


「お、おばば、ただいま……」


クルーヤが後ろ手で扉を閉めたとたん、老婆の大声が響く。


「こら小僧! あんたこんな寒い中で、どこに行ってたんだ! 死ぬ気かい!! ポーエが一体どれだけ心配したと思ってんだい!!!」


スペルステスは、自分の腰までの背丈しかないネイファをじっと見、ぽつりとつぶやいた。


「……すみませんでした」


「全く、無事だったからいいものの、クルーヤまで帰ってこなかったらどうしようかと思ったよ!」


それからネイファは、また小言を二つ三つ言ったのだが、スペルステスはどうやら聞いている様子はなかった。

暖炉の前で、無言で脱ぎ捨てられた外套についた雪をはたきながら、クルーヤの目はスペルステスの動きに向けられている。

スペルステスは、ネイファの説教をやりすごした後、ポーエをテーブルの上にそっと下ろす。

ポーエはスペルステスを見上げた。スペルステスは、その視線を受け止めた。

先ほどから、変化のない表情のままで。


「スペルステス……」


「ポーエ、お前は泣き虫だな」


そういってスペルステスは、ポーエの瞳からあふれる涙を、指でぬぐってやった。


「泣きたくもなるよ! だって、だって、スペルステスがどこかにいっちゃったかと思ったもん……」


「僕がどこかに行ったって、大したことないだろ?」
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