二章


「ポーエから聞いたのか。そうだ、僕はスペルステス・アンプロセアだ」


「ポーエは、お前の知り合いなのか?」


「一年前の冬に、偶然出会った。あっちが勝手についてきてるようなものだな」


「えっと……」


続いて、お前は男なのか女なのか、と聞こうとしたが、はたしてその後自分の身が無事である気がしなかったので、この質問についてはとりあえず保留しておく。


「……俺は、クルーヤ・ファンティーア、だ」


無難に、自己紹介にとどめた。


「よ、よろしく」


スペルステスは無言だった。


(や、そこは何か言ってほしいんだけど!)


ふりむくと、思案でもしているのか、スペルステスは眉根をよせている。


「〈ファンティーア〉……やっぱり、そうなのか」


納得したように息をつく。

ということは、スペルステスも、クルーヤの容姿を見たなり、彼の出自を理解していたのだろう。

確かに、〈アンプロセア〉も〈ファンティーア〉も、有する色彩が特徴的であるから、嫌でも目を引く容姿をしている。


「ああ、まあ、俺がどの一族の血を引いているか、改めて言わなくったってわかることだよな……」


「いつから、あの村にいるんだ?」


スペルステスは、クルーヤの目を見てきた。

警戒の色はあいかわらず浮かべたままだったが。クルーヤは内心苦笑しながら、記憶を探る。


「さあ、いつだったかなあ……もう十年は経ってるな。たぶん、俺の村の方が、お前の村より早く、滅んだだろし」


努めて冷えた言い方にならないようにはしたが、やはり陰りがある物言いになってしまった。

一族が滅んでしまったことは、もう、避けられない定めだと悟って、受け入れるしかないと思っているのに。

ふと見ると、スペルステスは、何といったらいいのか考えあぐねているようだった。

彼(あるいは彼女)は、わかっているのだろう。慰めなどは全く役に立たなくて、それどころか時にいらだちをかきたてるものでしかないということを。


「僕の住んでいたところは……たぶん、四年前に、燃えた」


推定の単語がついているのはなぜか。気になったが、問うのはためらわれた。


「お互い、よく生き残ったな……」


「ああ」


スペルステスは息を吸い込み、遠い空を見上げる。


「僕は、死ぬことは許されないから……」


歩みを再会し始めた二人の背に、満月がやわらかい光を落としている。

口や鼻から漏れる白い息が、中に舞い上がってゆるやかに消えていく。

クルーヤの背後からは、スペルステスが歩を進めるたびに雪を踏みしめる音が聞こえていた。


(そういえば……結局、真相はどうなってんだ?)


お互いの、幼少期の体験を少し垣間見たために忘れていたが、結局スペルステスは男なのか、女なのか、最大の疑問が解けていない。


けれどそれは、決して触れてはいけないことのような気がして、どうしても言い出せなかった。
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