二章
「そうだよ、だからお願いだから早くどいてくれってば!」
馬乗りになっていたスペルステスはクルーヤをにらみつけたまま、ゆっくりと立ち上がる。
腹の上の重みが無くなった瞬間、クルーヤは飛び起きて体中の雪をはらった。襟首から服の下に入った雪が、恐ろしいほど冷たい。
「ほ、ほら、帰るぞ。おばばもポーエも心配してるんだからなっ」
スペルステスの肢体を目にしないよう注意しつつ、声をかける。背後で、服を着る際の衣擦れの音がする。
さきほど見えてしまったスペルステスの肌の色を思い出し、顔中が真っ赤になって、あわてて妄念をはらう。
(だ、だめだ俺。いいから落ち着け、落ち着くんだ!)
何度も呪文のように自制の言葉を唱えてみるものの、一度目に焼きついた光景はなかなか消えてくれようとはしない。
赤い髪が背にこぼれおち、白い肌に水がしたたる。
ふくよかな胸のふくらみ。まるみを帯びた肩――クルーヤは頭をぶんぶんと横にふる。
「だめだだめだ、落ち着け、落ち着け、落ち着け……」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
「おわああああっっっ!」
すぐ近くにスペルステスが立っていた。
体はあいかわらず濡れたままだが、服はちゃんと身にまとっている。
しかし薄手のものが一枚きりで、外套さえつけていない。
相変わらずクルーヤを信用していないのか、疑り深い目でこちらを見上げてくる。
もしかして、今考えていたことがばれてしまっているのではないかと思い、クルーヤは気が気でなかった。
がもちろん、そんなことはありえない。
「行くんだろう? お前のやっかいになっている家へ」
「あ、ああ……ていうか、これ、着ろ! そのままじゃ風邪ひくだろ!」
クルーヤは自分の外套を脱ぎ棄て、スペルステスに押し付ける。が、スペルステスはそれを無視し、雪を踏みしめ歩をすすめる。
「あ、待てよ!」
クルーヤはスペルステスの背に外套をかけてやる。スペルステスは一瞬迷惑そうな顔をしたが、文句はいわなかった。
しばらくは会話もなく、ひたひたと歩を進めるだけだったが、クルーヤはその空気に耐えられなくなってきた。
雪化粧をした木はあちこちに生い茂り、夜闇の迷宮へいざなおうとする。
こちらに来る際の足跡が残っているから、迷う心配はなかったのだが、それでも気を張るのに越したことはない。
時折月明かりが、積雪と、もくもくと歩き続ける二人を照らす。
クルーヤは気まずさをどうにか払拭したいがため、半歩遅れてついてくるスペルステスへ声をかけた。
「お前の名前、スペルステス、っていうんだよ、な……?」