二章
月明かりのもと、向かい合うふたつの影。
雪が積もる極寒の季節であるにもかかわらず、泉まで腰につかり沐浴をしていたのは、赤い髪をもつ〈アンプロセア〉一族の少年、スペルステス・アンプロセアのはずだ。
〈ファンティーア〉一族であるクルーヤと同じく、〈碧き瞳〉と呼ばれた種族の血をひき、もうこの島では姿を消してしまった者たちの、生き残りであるはずの彼。
そう、スペルステスは、男のはずだった。
なのに、クルーヤの目の前にいる人物は、女の体をしている。
ふくらみのある胸。まるみを帯びた肩。
髪を腰まで伸ばしているのは何か意味があるからだと思ったが、それは自分の性に関係していたのだろうか。
しかし、ここで最初の疑問に戻る。
「え、なんで、お、女……?」
クルーヤは、ネイファと共にスペルステスを介抱したので、彼が男だということは何度も目撃しているのだ。
昏睡状態のスペルステスの包帯を替えるときだって、胸のふくらみなんてものはなかった。
もしスペルステスが女ならば、ネイファは自分に手伝いを要請するわけがないのだから。
しかし、どういうことだろう。なかったはずの胸が、あるなんて。
あいつは男じゃなかったのか。男だったはずだ。
じゃあなんで目の前にいるあいつが、女の体をしているのだろう。
クルーヤは突如突き付けられたありえない光景に茫然としていたものだから、突き刺すような視線に気付くことができなかった。
「……何をじろじろ見てるんだ」
地を這うような声がスペルステスの喉からもれて、ようやく自分の失態を理解する。
「……っ! わ、わわわわ悪かったっっ!! 俺は何も見てないからゆっくり水浴びしろ!」
顔を真っ赤にしてまくしたて、あわてて後ろを向く。
がしがし、早いとこ彼を泉から引き上げてやったほうがいいはずなのではないか、と思い当たる。
そもそも、行方不明のスペルステスを探しに来たのだから、見つかったのであればとっとと引き揚げるにこしたことはない。
では、後ろをふりむいていいものか。いや女性の裸を見ていいわけがない。断じていいわけがない。
しかし早く連れ戻さなければ、風邪をひいてしまうかもしれないし、傷がひらくかもしれない。
いや、スペルステスは女ではなく男だったはずだ。ではなぜ後ろにいる人物が女の体をしているのか。
顔がスペルステスなのに、体は女――クルーヤの頭は混乱の極みに達する。
が、いろいろと思案した果てに声を張り上げる。
「こんな寒い中何やってんだよ! 早く帰るぞっ! みんな心配してんだからな!」
いきおいのあまり、また泉の方を振り向いてしまった。
あわてて体の前を両腕で隠すスペルステスと、目が合う。
冷え切った瞳の下に、怒りの炎が燃えていた。
「お前……この変態!」
「違う誤解だあ! ああもう、一体何がどうなってんだよっ!!」
頭を抱えてわめくしかない。がくっと膝をつくクルーヤの頭上を、影が横切る。
はっと振りあおいだ時には、もう遅かった。