序章


「いや………痛いよ。やめてよ!」


頬を思いっきり殴られて、口の中に血の味が広がった。

たまらず涙も出てくる。

スペルステスは手を振り上げる少年たちを見上げ、ぼんやりと思った。

どうして?

どうして、僕はこんなにも怖い思いをしてるのに、楽しそうなの?

一人の少年が、スペルステスの髪をわしづかみにし、無理やり顔を上げさせる。

スペルステスは相手の指をはがそうと奮闘したが、力の差があってかなわなかった。

あざと血と涙で汚れたスペルステスをみて、少年は大仰に眉をひそめる。


「なんだよ。名無しが汚くなっちまった。なあ、こいつ、川で洗おうぜ」


少年は口をにいっと曲げた。

スペルステスは全身が粟立つのを感じた。


「そうだな。洗うか」


「そうそう。それがいいな」


他の少年たちも次々に賛同し、スペルステスは数名の少年たちに両手両足をつかまれて、
たいした抵抗もできずに川へ放り投げられた。

急に水面に叩きつけられた痛み。

まとわりつく冷たさ。

魚たちが一斉にしりぞく気配。

大小の大量の泡が浮上する音。

それらが一瞬のうちにスペルステスをとりかこむ。

水がさっきつくったばかりの傷にしみた。



スペルステスは新鮮な空気を求めて水面に顔を出した。

幸い川底が浅かったので、くじいた足をかばいながらなんとか立つことができたが、少年たちの嘲笑が耳に飛び込んできた瞬間、スペルステスの頭は真っ白になった。

腕に衝撃が走る。

少年たちが石を投げつけてきたのだ。

嘲笑と投石。

ずぶぬれになった自分。

くじいた足。

気がつけば、涙がぽろっとあふれ出る。

声を上げてはいないのに、まるで大雨が降って氾濫した川のように、涙があとからあとから流れてくるのだ。

スペルステスの心は、きりきりと音をたて急速にねじれていった。


ああ、もう、いやだよう……。


遠くで騒ぐ少年たちの言葉が耳に付く。名無し。名無し。

少年たちは笑いながら言い続ける。

心底楽しそうに。子供らしい純粋な残酷さでもって。

スペルステスは悟った。

もう、限界だ。

スペルステスは息を吸い、ふっと、祈るように瞼を閉じた。



そして自ら、川底の中に身を沈めた。
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