一章
「まだ本調子じゃなさそうだから、あれこれ話しかけるのはやめようと思って、そのままにしたんだ。
そしたら、孫が腹痛を訴えてるって、ゲイルの奴がかけこんできてね。私は家を出ていったんだよ。そして帰ってきたら、もぬけのカラときた」
ネイファはいったん言葉を区切って、顔に刻まれたしわを一層深くする。
「まさか、あの状態で外に出るなんてね。さすがの私でも思いつかなかった。しかも、だ」
ネイファは奥の部屋へ向かうと、何かを手に抱え戻ってきた。クルーヤはそれを見たとたん、さあっと血の気がひいた。
「ちょ、それ、あいつが着ていた外套じゃないか……!」
「そう、つまり、ほとんど防寒もせず出て行ったんだよ。まったく、とんでもない患者がいたもんさっ!」
どなり声をあげたネイファは、その拍子に腰を押さえてうずくまった。
「いたたた……さっきまで雪の中を捜しまわって、無理しちまってこのざまさ。まったく、情けないったりゃありゃしない」
「俺、スペルステスを探してくる!」
クルーヤは猛然と椅子から立ち上がり、きびすをかえす。
が、ふと気がついて、肩に乗っているポーエを見た。
「ポーエ、お願いがあるんだ……おばばの面倒を、見ていてほしいんだ」
酷な願いだと思った。
ポーエは、クルーヤよりはるかにスペルステスと同じ時間を共有しているというのに、そんな彼に留守番を頼んで、自分が外に出ていくなんて。
ポーエはうつむいたままじっとしていたが、すぐに顔をあげる。
「うん、お願い、クルーヤ。必ずスペルステスを見つけてきてね」
「……もちろんだ!」
クルーヤは感謝の意をこめてポーエの頭をなで、彼をそっとテーブルの上に置き、玄関の扉をあける。
閉める直前に振りかえると、腰を押さえたネイファと立ち尽くしたままのポーエが、こちらをじっと見ていた。
それぞれの視線に込められた思いをくみとり、無言でうなずく。
クルーヤは青い空の下、どこかにいるはずの異種族の少年を探しに、駆け出していった。
最初は、足跡を見つければいいと思っていた。
しかしそれならば、ネイファがスペルステスを見つけられなかったというのは不自然だ。
クルーヤは、家の周囲をくまなく見てまわり、ちょうどうちからそとへと円を描くように移動していく。しかし、不思議なことに、足跡がどこにもなかった。
クルーヤは寒気とあせりを感じる。
傷を負った彼を早く探さなければならないという思いと、なぜ足跡が積雪の上にないのかという疑問が、脳内をかけめぐった。