一章
(俺、いいんだな、この村にいても……いいんだよ、な?)
ずっと胸につかえていた重しが取り払われ、クルーヤは、ため息をついた。
(俺は、ひとりじゃないんだ。もっと早く気がつけばよかったな……)
でも、だからこそ。
こうやって、自分の事を思ってくれる誰かがいるからこそ。
――俺は、きっと、自分の命を捨てていいと思ったんだ。
(そんなこと言ったら、また、怒られるな……)
「おい、何ぼーっとしてるんだ? クルーヤ」
「え? いや、別になんでもねえよ」
「忘れるなよ? お前が俺を怒らせたら、特にミリーナに妙なことをふきこんだら、容赦しないからな」
「ああ、俺はニヤニヤしながら見守ってるから、せいぜい頑張ってミリーナをくどけよ。応援してるぞ?」
「……どうもからかわれている気がしてしょうがない」
クルーヤは、気のせいだといってエランの肩をたたき、ネイファのもとへ帰るべく、ポーエを肩にのせて家路についた。
久しぶりに心から笑えた。そんなあたたかい感覚を味わいながら。
しかし、帰宅したクルーヤの耳に飛び込んできたのは、血相を変えたネイファの一言だった。
「クルーヤ、あの〈アンプロセア〉の小僧がどこかへ消えちまったよ!」
クルーヤはたっぷり数秒沈黙したのち、「え?」と間の抜けた返事をすることしかできなかった。
*****
先ほどの爽快感はたちまち消え去ってしまい、クルーヤは頭を抱えて絶叫する。
「なんでだよ! あいつ怪我してたじゃんか。今朝になって替えた包帯だって血が少しついていただろ。そんな状態で出歩いたら傷口が開くのに、なんでどっかへいっちゃうんだ。ていうかいつの間に意識が戻ってたんだ?!」
「クルーヤ、ちょっと落ち着きな!」
ネイファに頭をぽすっと叩かれ、はっと我に帰る。
「あんた、えらい取り乱しようじゃないか」
「いや、だって、あまりに意外すぎて……」
そばにあった椅子に、力なく腰を落とす。
人間の気配がなかったのはいいが、まさか赤髪の少年が出奔するなんて、誰が予想できただろうか。
「ねえ、スペルステスはどこへ行ったの?!」
ポーエはクルーヤの肩の上で、身を乗り出す。彼も心配なのだ。クルーヤはポーエの体毛を指でそっとなぞる。
「面目ないけどね、私もわからないんだ……」
ネイファの表情は暗かった。クルーヤたちより落ち着いているかのように見えるが、そうでないのは一目瞭然だ。
ネイファは、まるで自らの記憶を探るように、遠くへ目をやる。
「〈アンプロセア〉の小僧が目を覚ましたのは、あんたたちが出て行ってしばらく経ったあとさ。ベットから大きなうめき声が聞こえて、様子を見にいったら、目があいていてね。ただ、悪夢を見ていたせいなのか、汗びっしょりだったよ。私は話しかけながら体をふいてやったさ。小僧は、ここがどこなのかわかっていない様子だった。それで、〈マムダ〉族の村だって教えたら、少し安心したようでね。無理に起き上がろうとするのをやめて、もう一度目を閉じたんだ」
クルーヤは自分と同じ青い瞳をもつ少年を、脳裏に思い浮かべる。
薪のはぜる音が、一瞬の静寂の中にこだまする。