一章
いっきにまくしたてたものだから、エランは息切れしているようだった。
顔と耳が真っ赤になっていることに、クルーヤは気がついた。
「もう二度と、あんな馬鹿なことは言うなよ! 言ったら今度こそ、ミリーナに止められようがなにがおころうがぶんなぐる。いいな!!?」
クルーヤは勢いにのまれてこくこく、とうなずく。
それならいい、とエランはいうと、顔を真っ赤にしたまま、村の中心の方へあわててとって返そうとする。
クルーヤはしばらく押し黙ったままだったが、離れていくエランの背に向って、叫んだ。
「……エラン!!」
振り向いた長老の孫に、一言だけ、少しばかり小さな声で。
「……ありがとう」
空は晴れ渡り、真っ白な雪風景の中、頬に当たる風がとても冷たかった。
クルーヤはたった今、まさにたった今、ハッキリと目の前が開けたような感覚を味わった。
そうだ、俺はこんなにも、俺のことを気にかけてくれる奴らに囲まれて暮らしている。おばばもポーエも、エランも、俺に対して怒ってくれるんだ。
なのに俺は、その事実に気がついていたはずなのに、自分自身を本当の意味で省みてはいなかったんじゃないだろうか。
笑っている時も、泣いている時も、いつも漠然と考えていた。
いざというときは命を捨てるべきなのだ、と。それが、村への恩返しになると思っていた。
俺の身ひとつで村が無事ならば、それでいいのだ、そう思っていた。
けれど、そうじゃないと、それは違うと、本気で怒ってくれる存在がいる。これが一体、どれほどありがたいか。
胸のうちから何かがこみあげてくるとともに、自分自身がとても恥ずかしかった。
様々な思いが体中をかけめぐりすぎて、何も言えなくなる。
だからクルーヤは、もう一言だけを、いろんな気持ちをこめて、そっと口にする。
「ありがとう……」
(俺、この村にいてもいいんだな……ありがとう)
気がついたら、再びエランが近づいてきていた。依然として顔が真っ赤なままだったが。
「ったく、お前は本当に複雑な奴だよな……顔は笑ってるかと思っても、心は同じじゃないなんて」
あれだけへらへらしてるから、もっと単純な奴かと思ってたのに。そんな憎まれ口を、小声で付け足す。
クルーヤはまた、笑んだ。
それは何かを隠すための後ろ暗い笑みではなくて、心からの穏やかな笑みだった。
「いやいや、俺は一応しっかりしてるところはしっかりしてるぜ。へらへらしてるように思うかもしんないけど、知ってることは知ってるし、見てる所は見てるし」
的を得ない物言いに、エランは首をかしげた。
クルーヤはそんな彼の肩に手をのせて、笑みを保ったまま、小声で言う。
「お前がミリーナの事を想ってるのは、ちゃんと理解してるんだからな?」
数瞬後、あたり一帯に、エランの怒声が響いた。