一章
と、クルーヤは視線の向こうに、エランが立っているのをみとめた。
クルーヤが気づいたと同時に彼もこちらに気がついたらしく、なぜだかやたらとけわしい目で見られている。
いや、あれはほとんど睨まれていると言ってもいいのではないだろうか。
(な、何だ? 俺、あいつに何かしたっけ……?)
昨日の今日だと言うのに、クルーヤはさっぱり思い当たる節がなかった。
距離があと数歩というところまでちぢまっても、あいかわらずエランの視線はけわしい。
こう着した空気にいたたまれなくなって、クルーヤはとりあえず、にへら、としまりのない笑い方をしてみた。
「よう。寒いな、エラン」
返事はなかった。じーっと、睨みつけられているままである。
「えー、と……?」
突き刺すような視線が痛い。いったいどうすればいいのだろうか。
全力で昨日の記憶を探ってみるが、はたして、エランの逆鱗にふれるようなことを自分はしただろうか。
(あ、そういえ、ば……)
思い当たると同時に、エランがゆっくりと口を開いた。
「へらへら笑いやがって……ふざけんな」
そういうと、エランはいきなりクルーヤのそばへとつめよった。いきなりのことだったのでのけぞってしまう。
エランはクルーヤと同い年だが、少し背がひくい。だから、いきなり距離をちぢめて近づいてきた彼を、見下ろす形となる。
「な、なんだよ?」
目を丸くしながら問うと、エランは仏頂面のまま視線をはずし、もごもごと口を動かした。
「誰も、お前にそんなこと、望んじゃいない……」
「……何か言ったか?」
エランは再びクルーヤの方に向き直った。ほとんどむきになっている口調で言い放つ。
「俺はお前があんなこと考えてるなんて知らなかったぞ! 自分が死んでもいいなんて思ってるなんて……」
語尾はかすれて消えてゆく。
耐えられなくなったようにうつむくが、けれど再び、村の長老の孫たるエランは、異種族のクルーヤを見上げた。
「いいか、確かにみな、人間の存在は怖がってる。けど、それとこれとは別だ。イレオンさんのような考えは確かにあるけれど、だからといって、俺は、お前が死んでいいわけがないと思ってる」
エランの言葉は、まっすぐクルーヤの胸に飛び込んできた。
クルーヤは呆けたような表情をして、エランの瞳を凝視する。
「だってそうだろ? 誰が言えるっていうんだ? あのとき、助けを求めてきたお前に、人間につかまれなんて、そんな残酷なことを」
誰が言えただろうか。
あの日あの時、とてつもない恐怖に全身をむしばまれ、自らが背負わされたさだめに泣き叫びのたうちまわるしかなかった、無力な少年に対して。
「あのとき俺らは、クルーヤにここで暮らしてもいいって言ったんだ。この村はお前を受け入れた。だからお前は村の住人のひとりなんだ。それは間違いない。なのに……」
エランは、きっとクルーヤをにらみつける。
「自分の首を差し出せだって? ふざけんな!! 誰がそんなことするっていうんだ!! 本当のこと言うと、俺はたまにお前に対してすっごくむかついているけど、だからって出てけなんておもったことは一度もないんだからな!」