一章
〈風〉が抗議の声を上げようとしたが、クルーヤはそれをさえぎる。厳しい口調でもって。
(聞きたいことはそれだけだ。悪かった。もう、いいから……)
しばらく、クルーヤは目の前に気配を感じていた。
〈風〉は何度も声をあげようとしたが、結局はどこかへ去っていった。クルーヤは〈風〉に何も言わなかった。
「ねえ、クルーヤ」
ポーエが、いたわるようにささやく。
「クルーヤは、弱くなんかないよ……スペルステスを治すのに、すごく真剣になってくれて、ありがとう。僕、クルーヤにとっても感謝してるよ」
そう言って、細い腕でまた頭をなでてくれる。
「ポーエ……」
クルーヤは、なんといっていいかわからなかった。忸怩たる思い。自分がふがいないという悔しさ。
もっと強ければ、スペルステスを早く目覚めさせることができるのだろうか。
あいつを、もっと手際よく癒してやれることができたのだろうか――考えても仕方のないことだとはわかっているが、それでも、思い当たらずにはいられない。
そうやって、クルーヤは知らず知らずのうちに、自分自身を痛めつけている。しかし、彼はそのことに気がついてはいなかった。
クルーヤは詮無いもの思いをふっ切るために、首をぶんぶんと横に振る。
「さて、もうめまいも治ったし、とっとと見回りしにいくか」
わざとらしいくらいのカラ元気を出し、ポーエを肩にのせて雪を踏みしめる。
クルーヤは今、村の周囲の森を見回っていた。
というのも、スペルステスのあの腹の傷は、おおかた人間に襲われたがゆえに負ったものだろうと、考えたからだ。
ということは、〈アンプロセア〉一族の残党狩りをおこなっている人間たちは、この村の周囲にうろついていてもおかしくはない。
スペルステスを運んでくる際に血の跡はすべて消したが、万が一ということがある。
この見回りは、人間たちの気配があるかどうかということと、昨日の後始末の確認をするという意味もあった。
雪は降っていない。雲の隙間から太陽が顔をひっそりと覗かせていて、地面の白さが目に光の刺激を与える。
クルーヤは、ほう、と息をついた。白い息が、空気中へと消えていく。
どうやら今のところ、人間たちはこの近辺にいないようだ。もしいるのなら、わりとすぐに察知できる。
クルーヤは風を読むことができるし、何より〈風〉もいるのだから。
しばらく、あたりをさぐりながらうろうろし続ける。
「もう、この辺でいいかな。ポーエ、そろそろ帰るぞ」
「はーい、わかったよー」
積もった雪の上に落書きをして遊んでいたポーエを肩にのせ、クルーヤは帰り路を急いだ。
足が冬の冷気に浸食されていて、指先までがすっかりかじかんでいる。ほとんど感覚がない。
ネイファのつくる熱いスープと暖炉を思いうかべ、村の入口付近にあたる森の茂みを通る。