序章
「く、来るなっ!!」
スペルステスは精一杯の抗議をしたが、一瞬の気の緩みとともにくぼみにけつまづいて、足首をくじいてしまった。
立ち上がろうとしても、鋭い痛みが邪魔をする。
顔面蒼白になったのと、少年たちが追いついて周囲を囲んだのはほぼ同時だった。
スペスルテスは半泣きのまま、こわごわと頭上をふりあおぐ。
少年たちは、日頃よくスペルステスをいじめる者たちだった。
正面に立つ、ひときわ背の高い少年が、スペルステスを指さして哄笑する。
「やーい、名無しの子。名無しの子!」
「ち、違う! 名無しじゃない!」
その言葉を浴びせられるたびに、スペルステスは抗議の声をあげるのだが、
聞き入れてくれた者はいまだに誰もいない。
やがて一人二人と、少年たちは声をそろえる。
名無しの子。名無しの子。
スペルステスは泣きじゃくり、届かないとわかっていながらも声を張り上げずにはいられなかった。
「ちがうもん! 僕には、ユーグレラ様がつけてくださった、名前があるんだもん! 僕の名前は、スペルステスだ! 名無しなんかじゃない……!」
右側にいた少年が、傲慢そうに片眉をあげて顔を覗き込んできた。
「お前、馬鹿じゃねえか? 誇り高き〈アンプロセア〉の民に必ずあるものが、お前にはないだろ?」
少年たちは次々に賛同する。
「そうだよ。名前の最後に〈ラ〉の発音がつかないなんて、お前だけだぜ?」
「先祖さまからの習わしだ。俺もこいつらも父ちゃんも母ちゃんも、親戚のみんなも村のみんなも、みーんなみんな、その習わしを守ってるんだ。お前にはそれがない」
少年たちは一斉に笑い、楽しそうに口々に言う。
「名無しの子。名無しの子。親なしの子」
「ユーグレラ様にかわいがられてるからって、いい気になるんじゃねえよ」
「そうだ。俺たちとおんなじ髪と瞳しやがって。なんでお前がその色なんだよ。おかしいじゃないか」
「名無しがどうして〈アンプロセア〉の一員なんだ?」
「今すぐ化けの皮をはがせ。本当の正体を見せろ。俺たちのまねをしやがるなんて」
「そうだ、本性を出せ。名無し」
言葉のやいばだけではなかった。
体中にも痛みが走る。
無邪気だが容赦ない暴力がスペルステスを打ちのめす。