一章
「ポーエ、今、こいつが誰かの名前読んでたけど……」
「え、そうだったの? 誰の名前なのかな?」
「心当たり、あるか?」
「ううん、しらない……」
ポーエはそう言うと、そろそろとスペルステスの腹の上を移動し、枕もとに立った。
小枝よりもはるかに細い腕を伸ばし、頬をそっとなでる。
「スペルステス……」
ポーエの声音には、いたわりと同時に、ネイファと同じく、自分が何もできないという無力感がこめられていた。
ここにいる者たちは、傷と悪夢にさいなまれる少年を助けようとしてるのに、最終的に立ち上がるのは、スペルステス自身なのだ。
だから、ある程度の治療をすれば、あとは見守ることしかできない。
そればかりは、どうしようもなかった。
「クルーヤ、それにポーエ。とりあえず、寝よう。小僧が心配なのはわかるが、あんたたちまでくたばっちまったら、元も子もないよ」
ネイファはそういうと、両手ですくうようにしてポーエを持ち上げ、暖炉のそばにある卓まで運ぶ。
そこには、乾いたわらと布きれでつくった小さな寝床があり、ポーエはそこに身を横たえた。
やがて、とても小さな寝息が聞こえてくる。
「クルーヤ、あんたも寝なよ」
振り向くと、青髪の養い子は、赤髪の少年の手を握ったまま、寝台にもたれるようにして、すでに眠りについていた。
「おやおや、寝つきのいいこと」
この村にきたばかりのころは、夜の闇にさえおびえてないていたのに。
無防備な寝顔を見て、ネイファは微笑を浮かべた。風邪をひかないようにと、肩から毛布をかけてやる。
「さて、と……」
ネイファは汗を浮かべるスペルステスの寝顔を見て、ため息をつく。
「まったくこの小僧は、いったい自分の体にどんな細工をしたっていうんだろうね……」
このとき、ネイファは気がついていなかった。
クルーヤはこのときまだ、眠りにはおちていなかったのだ。
彼の唇は、風よりもひそかで夜よりも静かな、〈歌〉を紡いでいた。
その〈歌〉が、眠りのなかで苦しんでいる赤髪の少年へと、届く事を願って。