一章
そして、方向転換してもときた道を戻ろうとしたときだ。
「ごほおっっ!」
なぜかクルーヤは、つまずいたわけでもないのに地面の雪に頭からつっこんだ。
そのわけはいたって簡単で、クルーヤの肩にのったままだったポーエが、気づかれないようにこっそり頭上に移動し、体重をかけてクルーヤを倒したのだ。
〈トム・ティトン〉は、自らの重さを自由自在に変えることが可能なのである。ポーエはその力を応用して、クルーヤを押し倒したというわけだ。
さすがにクルーヤの頭の上に乗ったままでは、彼が身を起こせないので、すぐにどく。
ポーエが積もった雪の上に、よいしょっと着地した瞬間、クルーヤはがばりと身を起して、襟口から入り込んだ粉雪を何とかしようと、あわてふためいて服の中に手をつっこんだ。
「何すんだっ、驚かすなよ!!」
ふわりと雪の上に立つポーエは、急激な冷たさに顔をしかめるクルーヤを、うるんだ瞳でにらみつける。
ほろり、と、黒い玉の生き物から大粒の涙が流れ、クルーヤは言葉を失った。
「あんなこと、言っちゃ駄目だよ!!」
体中を震わせた精一杯の一喝。
クルーヤは、ポーエにふれようとして、伸ばしかけた指先を元に戻す。
そう言ってくれるのは嬉しかったし、そう言わせてしまったことが申し訳なかった。
自分の顔が強張っているのが、さわらなくても、わかる。
ポーエはクルーヤを見上げたまま、じっと様子をうかがっている。
「……泣くなよ、ポーエ。俺のことでもう、泣いてくれるな」
クルーヤは、指の腹で、ポーエの涙を丁寧にぬぐった。
少し暖かいために、寒さにからめとられてかじかんだ指先の冷えが、ほどかれる。
すっかり涙が乾いたポーエは、うなだれたまま何も言わなかった。
ひょいと片手でつかみ上げて、肩の上にのせてやっても、ポーエは口を結んだまま、地面をにらみ続けている。
「……僕、もう一回クルーヤがあんなこと言ったら、今度はずっと泣いてやるからね」
さくさくと、雪を踏みしめ、元きた道をのんびりと歩いていた時、やっと、それだけの言葉が返ってきた。
クルーヤは前を見据えて、力なく笑う。
「心配するなよ。あんなこと言ったけど、俺は、まだまだ死にたくないからな」
「でも、生きたいとも思ってないんじゃないの?」
クルーヤは、何も言わなかった。
雪が止み、屹立する森の木々がすっかり白く染めあがった世界は、あまりに静謐で、静かで。
一族郎党を人間に滅ぼされ、一族全体で背負うべきさだめを押し付けられ、生き残ってしまった〈ファンティーア〉の少年と、彼の肩に乗る黒い毛玉の生き物は、その冷たさの中、お互いの思考の淵に沈んでいる。