一章
「ゼア殿はそうおっしゃるが、内心不安な者は多い。私だってそうだ。それに、万が一ということが……」
「その、万が一が起きた時は」
クルーヤは突然立ち上がり、何を考えているか読み取れない表情のまま、その言葉をよどみなく口にした。
「俺の首を切って、人間に差し出せばいい」
一瞬、その場の誰もが何を聞いたか理解できず、唖然とするほかなかった。
クルーヤはその、己の命をあっさりとかけたとんでもない発言をしておきながら、あまりに淡々としていた。
皆の反応に委縮するでもなく、冗談だと言ってごまかし笑いを浮かべることもなく、ただ正面の一点を見つめている。
いままで言い争いをしていたゼアとイレオンの他、長老も何を言っていいのかわからず、ミリーナは青ざめた顔でクルーヤを凝視し、エランは焦ったように舌打ちをした。
「それでも納得がいかないのならば、あの、〈アンプロセア〉の奴も一緒に人間に突き出せばいいんです。そうすれば、万が一がおきたとき、この村はやっかいばらいができる」
クルーヤは、わずかな動揺もスキもみせず、ただ言葉を紡ぎだす。
その冷静さに、一同はこころなしか鳥肌がたった。
ポーエなどは、全身の黒い毛をすっかり逆立てて、ぶるぶる震えながらクルーヤを見上げている。
「俺の首くらいでこの村のみんなが危ない目にあわずにすむのなら、そうするにこしたことはありません。俺はあの時、助けてもらった恩があります。いつか、その恩を返さなければならないと思っていました。だから、もし、人間たちに俺の存在がばれた時は、その時は、俺を……」
「言うなっ!!」
悲鳴にもにた怒号をあげたのは、壁ぎわのエランだった。
クルーヤはゆるゆると視線をそちらに転じ、かわらぬ口調でたしなめる。
「俺がしゃべってる最中に、割り込むなよ」
「これ以上ふざけたことをぬかさないなら、そうしてやる」
クルーヤは、なぜエランが自分にむかって怒鳴っているのかが不思議でならなかった。
「俺はふざけてない。真剣だ」
「ふざけるなっ。お前、馬鹿か?……クルーヤ、お前いつも、そんなこと考えてたのか?村の奴らと一緒になって馬鹿笑いしてたときも、俺とアホな喧嘩してたときも、ネイファさんの手伝いをしてたときも、風邪がなおったリイカと一緒に遊んでやったときも、そんなこと考えてたのかよっ?!」
クルーヤは太陽の光を直視でもしたみたいに、エランから顔をそらした。
形の良い眉根が寄せられる。
「あんなに楽しそうに笑っておいて、裏でそんなこと考えてたのか?!」
涙目のまま、青髪の異種族の少年に殴りかかりそうな従兄を、ミリーナは必死になって止める。
「やめてエラン! 落ち着いて! お願い!」
「どけ、ミリーナ! おいクルーヤ、俺の問いに答えろ!」
「やめんか、二人とも!!」