一章
ゼアの言葉に、沈黙を守って耳を傾けていた者たちが渋い顔をした。
長老はぴたりと停止して明後日のほうを向き、イレオンも首をかしげてうなり、エランは顔をひきつらせ、ミリーナは一瞬考え込んだあと、首を横に振る。
彼らの反応を見て、クルーヤは内心感嘆の声をあげた。
(うーん、おばばの存在感はやっぱすげえなあ)
「無理じゃな、わしにはそんな真似はできん」
村の長であるはずの長老が、あまりにもすがすがしく断言する。
そして皆がその意見に激しく同意した。
「ネイファはどうせ、医者としての使命だからゆずれんっ!!といって邪魔するにきまっておる」
「それだけならまだいいです。その〈アンプロセア〉の少年を追い出すなら、自分も追い出せ、とか、なら皆の治療は断ると言い出したら、大変です」
「それは困る、ネイファさんには定期的に私の腰痛を見てもらっているというのに」
「私は彼女の酔い止めの世話になりっぱなしですな」
「おや、それは酒をやめればすむ話ではないか」
「何てことを。私のこの上ない楽しみを奪わないでください」
気がつけば雑談が始まった。
ゼアは目線で長老に合図すると、長老はこほんとせきばらいをし、その場をしずめる。
「では皆よ、クルーヤにまかせる、ということでよいかな」
「長老、それはあまりにもいい加減では……!!」
立ち上がったイレオンに向い、長老はおどけたしぐさをする。
「ほう、ではイレオン殿、ネイファにその少年を追い出すように、今から行って説得してきてくれるかのう」
結局、イレオンはすごすごと着席するしかなかった。
一連の流れを息をひそめて見守っていたクルーヤは、思わず安堵のため息をつく。
ほとんどネイファの存在のおかげだか、これで、ひとまずはなんとかなりそうだ。
クルーヤはまだ言葉も交わしたことのない、スペルステスという少年にむかって、よかったなとつぶやいた。
そして長老たちにむかい、片膝をついてこうべをたれる。
「ありがとうございます。俺が、全力であいつを人間たちから隠します。みなさんは、どうか何も心配しないでください」
「……ふん、どうだか」
唯一非常に不満そうなイレオンが、しつこくいやみを言ってくる。
クルーヤは顔をあげ、自分よりひとまわりもふたまわりも年が上の男を見た。
緩んでいたその場の空気が、再びぴんとはりつめる。
戦いは、まだ終わっていなかったのだ。
「俺がそんなに信用できませんか?」
「悪いが、無理だな。やっかい者のお前が、何ができる? 聞けば、代々〈ファンティーア〉に受け継がれている力も、あまり行使できないんだとな」
イレオンはこの村の中で、あまりにあけすけにクルーヤを敵視していた。
その原因は、彼が〈ファンティーア〉の生き残りで、しかもかなり薄いとはいえ、王族の血をひいているからだった。