序章
舞い落ちる雪にうずもれて、スペルステスは、幼いころの夢を見ていた。
呼吸するようにきらきらと白光を反射するみなもが、足もとに広がっている。
そっと手のひらで水をすくっても、その冷たさにおどろいている間に、指から滑り落ちてまた流れに戻ってしまう。
小さい頃は、そんなささいなことさえ面白かった。
静かに蛇行する川をそっとのぞいてみると、魚たちは優雅に泳いでおり、ときおりうろこがきらめいている。
まるでのんびり水中で日光浴を楽しんでいるように見えるのだが、手を伸ばすと魚たちは実に俊敏に逃げていってしまうのだった。
水のかおりに満たされ、風のそよぐ川のほとりで、スペルステスは毎日のように遊んだ。
ときおり、森の中に足を踏み入れたりもしたが、緑色に染め上げられた木陰の間を通るよりも、生物のようにゆらゆらたゆたう水面を注視していたかったのだ。
スペスルテスは好奇心と体力のおもむくくままにそこらじゅうを走り回るのも大好きだったし、水をじっと観察するのも大好きだった。
あのころは、楽しい思い出ばかりとはいえないけれど。
それでも、思い出す度に懐かしさと郷愁で、強く胸がうずく。
――もう失われた、花の蜜のように甘い、幼き日々。
かけずりまわった美しい景色の遊び場がとりとめなく浮かんでは夢の奥底に消え、やがてスペルステスは、ひとつの思い出につきあったった。
きっとこれは、スペルステスが五つか六つのころなのだろう。
危うげな足取りで、子供が川辺を一生懸命走っている。
ぎっしり敷き詰められた石につまずいてまろびそうになりながらも、息を荒げて走り続ける。
その瞳に浮かんでいるのは、恐怖と涙だった。
幼いスペルステスの心情とは対比をなすように、すぐ横手には清流の音色を涼やかに奏で蛇行する川がある。
こんな事態にでもなっていなければ、水面に反射する光の乱舞に、いつものように歓声をあげただろうが、スペルステスはそれどころではなかった。
「おい、いたぞ!」
「待てよ! 名無しの奴め!」
今しがたスペスルテスが逃れてきた森の茂みから、少年たちが数人現れた。
みな、年の頃は十ほどで、いづれもスペスルテスより明らかに年上だ。
その少年たちが、年端もいかない子供を見た瞬間、無邪気な顔を邪悪にゆがめる。
無力な小鹿を群れで襲う狼のように、少年たちはスペルステスを追い詰める。