一章


「そうなのか?」

クルーヤは目を見開いた。

昨日のポーエの動揺ぶり、錯乱ぶりから、かなりの旧知の中であると思っていたのに。

ポーエはしゅんとうなだれたまま、言葉をつむぐ。

「僕はね、僕の事を一杯しゃべったんだけど、スペルステスは、スペルステスのことをほとんどしゃべってくれなかったの。しゃべってほしいっていったら、かならずつらそうな顔をするから、無理には聞けなくて……」

クルーヤは、落ち込むトム・ティトンの黒い毛を、指の腹でそっとなでてやる。

「役に立てなくて、ごめんね」

「いや、こっちこそ悪かった。ありがとう」

顔をあげ、前を歩いていたミリーナとリイカに合わせ、歩をとめる。

「ついたわよ」

目の前にあるのは、長老の家の扉だった。

クルーヤは二、三度深呼吸をし、ミリーナにむかって無言でうなずく。

ミリーナも慎重にうなずきかえし、彼女は先頭になって扉の内側にもぐりこんだ。

「ただいま、クルーヤ連れてきたよ」

引き続き、クルーヤも中に入る。

長老の家屋は、他の家と比べて少々大きめの作りをしている。

暖炉がしつらえてある居間には、主だった村の者たちがすでに集まっていた。

その中に、年ゆえに背をまるめている長老と、その孫であるエランをみとめ、クルーヤはげんなりしてしまう。



彼の苦そうな表情を見咎めて、エランがすぐに反応した。

「来るのが遅いぞ、クルーヤ! つうか、その態度を改めろっ! いかにもやる気がないって顔をするな!」

エランは、クルーヤと同じ年に生まれた19歳の少年である。

そのせいかどうかわからないが、クルーヤがこの村に来て以降、何かと理由をつけてはかまってきたのだ。

それならばまだいいのだが、最近はどういうわけか目の敵にされてしまい、牙をむかれることがたびたびあった。

「あー、わりいわりいごめんなさーい」

いかにも気持ちのこもっていない棒読み状態で返事をすると、案の定エランは顔に血をのぼらせた。

「だから、その態度をやめろって……!」

と、さらに声を張り上げようとしたとき、長老がもごもごと口を動かす。

「エラン、やめんか、ちとうるさいぞ」

短いが、牽制にはそれで十分だった。

勢いをそがれたエランは小声で謝り、いとこのミリーナにも注意されてうなだれ、部屋の隅の方によって小さくなった。

(なんか、かわいそうだな……)

とは思ったものの、クルーヤもクルーヤでするべきことがあるのだ。

エランを気の毒に思っている場合ではない。

長老を含めた八人の代表者が、いっせいにこちらをみている。

物言いたげないくつもの視線に負けぬよう、クルーヤは背を伸ばして毅然と向かい合った(このとき肩に乗っていたポーエも、似たような動作をした)。

暖炉から火のはぜる音がひとつ響いて、再び沈黙が下りる。
 
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