一章


「え? スペルステスがスペルステスだってことが、変なことなの? どうしてそんなこと聞くの?」

「ああ、そういう名前はちょっと例外なんだ。お前は知らないかもしれないけどさ、俺らには――あ、俺らってのは、〈アンプロセア〉と〈ファンティーア〉と〈イブイーシア〉のことだからな――名前を付ける際には、決まり事に沿うんだ」

「決まり事?」

「ああ、ようするに、まじないみたいなもんだよ」

〈碧き瞳〉と呼ばれる三種族の血をひく者たちは、必ず決まった発音を名に持っている。

例えば、〈アンプロセア〉一族ならば、名前の末尾に必ず〈ラ〉の発音がつく。

〈ファンティーア〉一族は〈ク〉の発音を一つ以上持ち、〈イブイーシア〉一族ならば〈ミ〉の発音を持つ。といったぐあいだ。

そう説明すると、ポーエが首をかしげる。

「なんでそんなことするの?」

「さあ、何でだろうな」

「ええ?! 知らないの?」

「よくはわからないな。ていうか、たぶん正式な理由を知っている奴はもういないと思うぜ? 〈碧き瞳〉が島から消えてしまったからって意味じゃなくて、今よりずっと、遠い遠い昔に忘れらられたんだ。だから、ただ何となく先祖の掟にしたがってるだけだな。けど……」



ふと、クルーヤは声を低める。

ポーエはそっと身を乗り出した。

先ほどから、小声でやりとりをおこなっていたのだが、それいじょうに小さく、用心深く息を吐くように、クルーヤは唇を動かした。

「あいつは、スペルステスは……一族の中で、罪人に等しい扱いを受けていた可能性が高くなるわけだ」

決まりに従って命名されない。

その例にクルーヤは今まで出会ったことがないのだが、そういう事例があるとなれば、それはつまり、意図的に一族から外された、ということを意味している、とクルーヤは考えたのだ。

これにはポーエは身を震わせ、全身の黒い毛が、わさあ、と音をたててとがった。

「ポーエ、知ってることがあるなら、教えてくれないか?」

クルーヤの険しい瞳に、ポーエはふるふると首を(というより全身を)横に振った。

「やっぱり、俺には打ち明けられないか。当り前だよな……」

「違う、違うよっ!!」

突然、黒い毛玉が声を張り上げ、クルーヤは思わず耳を押さえた。

先を歩いていたミリーナとリイカが何事かと振り向く。

「あ、ごめんね、クルーヤ……」

ポーエはその糸のように細い手でクルーヤの耳殻をなで、しゅんとうなだれた。

「僕がスペルステスに出会ったのは、ひとつ前の冬なんだ。だから、その前にスペルステスが何をしていたのか、僕、全然知らないんだよ」
 
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