一章
「うん、それ、何かの見間違いじゃねえの? なあ、リイカ」
クルーヤは、隣室へ駆け込もうとしたリイカの襟首を後ろからつかんで、少しばかり強い語調でたずねる。
が、クルーヤの言外の思いなど幼い彼に通じるはずもなく、リイカは瞳を輝かせて隣室を指さした。
「あ、お姉ちゃん、見つけたー!」
クルーヤがしまったと思って思わず手を放した瞬間、リイカはとことことかけていく。
クルーヤもあわてて後を追い、少年に触ろうとした幼子をすんでのところで抱きかかえて玄関口へと戻った。
何とか、よわっている怪我人にむやみに触るという暴挙は食い止めることができた。
が、これで、〈アンプロセア〉の少年の存在が決定的にばれてしまったわけだ。
先ほどまでは見間違いか何かだといってかわすこともできたが、こうなってはごまかす余地などあるわけがない。
クルーヤもネイファもポーエも、これ以上しらばっくれるわけにはいかないのだ。
ミリーナは暗い顔をして、
「本当なのね……」
と言ってうなだれる。
「クルーヤ、どうして、その子を連れ帰るようなまねをしたの? そんなことが人間にばれてしまったら、私たち、どうなるかわからないのよ……?」
ミリーナは、クルーヤを見上げた。
その視線には明らかに、とがめるような色が含まれている。
クルーヤは、種族の違う、年下の少女の不安をくみとりつつも、顔をくもらせた。
「あの時、俺にこの村にいてもいいって言ってくれたお前が、あいつにはそんなことを言うなんてな……」
ミリーナははっとして、苦しそうに歪んだ青い瞳を凝視する。
「私、あのときは、どれだけ大変なことがおきてるのかよくわかってなかったら……いえ、これは言い訳ね。あなたを傷つけたことに変わりはないわ。ごめんなさい、クルーヤ。私、そんなつもりじゃ……」
語尾が小さくなっていく。うなだれる少女の肩に手をおいて、クルーヤは言った。
「いや、気にすんな、ミリーナ。俺のほうこそ、試すようなこと言って、悪かった」
ミリーナが自分を見上げる前に表情を入れ替え、クルーヤは今までの重い空気をふっしょくしようと、大げさに芝居がかったため息をついた。
「あーあ、長老にばれちまったのかー。ていうか、長老の孫のあいつも知ってんだな? うわあー、めんどくせえ。ただ単に長老たちにばれるよりもっとめんどくせえことになりそうだぜ」
「うん、エランお兄ちゃん、ぷりぷり怒ってたよー」
悪意などは一切ないのだろうが、駄目押しとばかりにリイカが無邪気な声でつけたす。
クルーヤは本当に心底嫌そうな顔をした。
「……俺、あいつと顔あわせたくねえ」
「あ、あの、そのことなんだけどね、クルーヤ……」
ミリーナが、言葉を紡ごうとしてためらい、また口をひらいて閉じるという動作を繰り返しているのを見て、ネイファはぽんと手を打った。
「そうか、こいつは呼び出しをくらったのかい? ミリーナ、あんたはクルーヤを連れてくるように言われたんだね?」
「そうなの、ネイファさん」