一章
「あの〈アンプロセア〉の奴のことがばれただって? どうしてだよ、俺は何も言ってねえよ。言うわけがないだろ!! ポーエだって、昨日から家を出てないんだからな!!」
「そうだよ、僕、ずっとクルーヤと一緒にいたよ! ずっとスペルステスのこと、心配してたんだよ!」
昨日クルーヤに助けを求めた、ポーエという名のトム・ティトンは、クルーヤの肩にちょこんと乗っかり、甲高い声で訴える。
「そうなのかい? それなら、おかしな話だねえ。いったい誰が長老に話したんだろう。クルーヤ、昨日あの小僧を運んだ時、本当は誰かに見られたんじゃないのかい?」
クルーヤは事の重大性を受け止めつつ、昨日の出来事をゆっくりと反芻した。
冷たい空気が頬をこするなか、体温が失われつつある少年を背負い、慎重かつ迅速に足を運んだ。
この家に飛び込むまで、誰にも見られなかったはずだ。誰にも……。
「……ん?」
と、クルーヤは、ひとつのことに思い当った。
そういえば、扉をあける直前、視界の片隅で木々の茂みが、少し揺れたような気がするのだ。
「誰も現れないから気のせいかと思ってたんだけど、まさか……」
と、扉が外から二回、叩かれた。
瞬間、クルーヤ、ネイファ、ポーエはそれぞれ扉を見やり、身をこわばらせる。
「……いいかい、知らぬ存ぜずで、通すんだよ。それがだめなら、なんとか説得するっきゃないね。助けたけりゃ、それしかない。どうにかして治療を続けることを許してもらうんだ。そうじゃないと、傷の治ってないあの小僧は追い出されちまうからね」
ネイファの耳打ちにクルーヤは無言でうなずき、ポーエも小さな目に闘志のようなものを宿らせた。
ネイファが扉をあけると、元気な声とともに、小さな姿が飛び込んでくる。
「ねえねえ、あのきれいなお姉ちゃんはどこにいるの?!」
寒さのためか、幼い少年の頬は真っ赤になっている。
彼の名は、リイカ。
生まれてからまだ六年しか経っておらず、その茶色の短髪には雪の滴がちらほらとちらばっていた。
幼子につづいて扉をくぐってきたのは、茶色の長髪を背にたらした、リイカの姉、ミリーナだ。
部屋に足をふみれるなり、ミリーナは開口一番、こう言った。
「ねえ、クルーヤ、ネイファさん、本当なの? リイカの言ってること」
「……何が?」
クルーヤは努めて平静を装ってたずねる。
「昨日、リイカが家へ帰ってくるなり、赤い髪のきれいなお姉ちゃんを見たって言って、ずっとうるさかったの。最初は、何かの見間違いだと思ったんだけど、クルーヤが運んでるのを、木の蔭から見たっていうものだから、それがエランにばれちゃって、長老様に………」
ミリーナは上目遣いでクルーヤを見た。クルーヤは顔をそらした。