一章


その島の名は、エツテルネといった。

エツテルネ島は、〈暁の陸〉の北方の海のかなたに浮かぶ、南北に細長い島である。

エツテルネ島は、長らく人間達にはその存在を知られず、そのため、人間以外の種族が彼らの暮らしをつつましやかに、平和に営んでした。

それが、ある時〈暁の陸〉に出現し、人間史上最大最強の栄華を誇った〈大陸帝国〉によって、平穏を乱されることになる。

〈大陸帝国〉は、領土拡張時代に〈暁の陸〉の半分以上を自国の領土とし、周辺の海に浮かぶ小さな島々まであますことなくその手を広げたのだが、エツテルネ島も例外ではなかった。

大陸帝国歴329年、人間は、初めてエツテルネ島に上陸する。


これが人間たちにとっての、エツテルネ島の歴史上の「発見」であったが、島に住むさまざまな種族にとっては、滅亡と破滅の始まりでもあったのだ。

そして、わずか20年たらずで、長い歴史を持つエツテルネの種族たちは、自らの終焉と人間たちの支配を認めざるをえない状況になってしまった。


人間たちを受け入れるのをよしとしなかった種族の代表格、俗に〈碧き瞳〉と呼ばれた、〈アンプロセア〉一族、〈ファンティーア〉一族、〈イブイーシア〉一族は、人間との争いによって血を絶やすか、あるいは自ら島から逃れることによって、その姿を消してしまった。

だがもちろん、完全に滅び去り、島から消えたのではなく、ほんのわずかではあるが、例外もあったのである。

それが例えば、クルーヤであり、あるいは、クルーヤが拾った少年なのだ。



クルーヤが赤髪の少年を連れ帰った翌日、一部の者たちの間で大騒ぎがおきた。

クルーヤが住む村は、エツテルネ島の中央部に位置する、〈マムダ〉族と呼ばれる者たちが住む村である。

〈マムダ〉族は、種族こそもちろん違うのだが、頭髪や瞳の色などが、大陸から来た人間に非常によく似ている種族であった。

また、人間が入島して以来、争うことなく友好的な態度をとり続けているため、〈アンプロセア〉の民や〈ファンティーア〉の民とは違い、その姿を消すことなく島での生活を送っている。

騒ぎの理由は、言うまでもない。

滅びた種族である〈アンプロセア〉の少年をかくまっていると人間たちにばれてしまえば、せっかく友好的な態度を示しているのに、その労力が一気に水泡と帰してしまうからだ。

「クルーヤ、あんた、誰かにしゃべっちまったのかい?!」

外から帰ってくるなり、ネイファはそうまくしたてた。

彼女は、クルーヤの養い親であり、村一番の知恵者であり、また名医でもある老婆だ。

その身丈は、身丈が低めである〈マムダ〉の中でも抜きんでて低く、種族の違うクルーヤの腰あたりまでしかない。

灰色の長髪を後頭部でひっつめて結わえている。

時間と経験とともに刻まれた顔のしわをくしゃくしゃにして訴えるそのさまに、いつものネイファの豪胆さと冷静さはなかった。

クルーヤは驚愕とともに目を丸くした。
 
1/28ページ
スキ