序章
激突してきたトム・ティトンはしゃくりあげながらも、一生懸命に訴えた。
「あのね、人間に襲われて、すごく、ひどいの。もう、顔が真っ青なの……!」
「よし、案内しろ!」
そういうと、トム・ティトンを肩にのせ、クルーヤは一目散に駈け出した。
つもった雪に足をとられそうになるが、だんだんと濃くなる血のにおいに、不吉な予感が強くなってくる。
細い轍をたどっていき、遠くに倒れ伏す誰かを視界に入れたとき、どくんと、鼓動が激しくなった。
「大丈夫か?! おい、助けに来たぞ。しっかりしろ!」
うつぶせに倒れている人物の横にかがみこみ、声をかけ、すばやく体をみまわした。
恐ろしいほどに色のない顔。
真っ白な雪の上に広がる鮮血が目につく。
腹に負った傷が、あまりにも痛々しい。
クルーヤは自分の服の袖を引き裂いて、躊躇しながらも止血を試みた。
血のにおいに、体が固まりそうになる。
そして、傷口を押し付け止血しながら、視線を動かした。
首のあたりで結わえられた、波がかった長髪を見やる。
思案するようにつぶやいた。
「こいつの髪、どうみても、赤色だな………」
赤色の髪、それは、〈アンプロセア〉の民であるというまぎれもない証拠だ。
今現在、この島で、〈アンプロセア〉の民はやっかいな位置にあるというのに。
もしここで、この、少年と思われる人物を村へ連れ帰ったら、どうなるだろう?
「まいったなあ、俺もこいつも、わけありか……」
だがクルーヤは、この少年を見捨てるつもりはさらさらなかった。
何を言われても、たとえ自分がどうなっても、彼を助けたいと思った。
トム・ティトンが、赤髪の少年の腹の上を駆けずり回って、涙目でクルーヤを見上げる。
「お願い! 助けて!」
「……当り前だ」
クルーヤは、かみしめるように、言った。
「俺だって、誰かが目の前で死ぬのは、もういやなんだ……」
そして、土気色の顔をなでて、もう一度言う。
「心配するな。絶対に、助けてやる。おばばの腕は最高なんだ。すっげえいい医者なんだ。いざとなったら、俺が力を使う。だから……だから、生きろ。助けを呼びに来たこいつのためにも、生きてくれよ」