🦊花狐風月(着物カラスバ×主)
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狐🦊まとめ読み 後半
5.
「怒ってたよなあ」
自室でボールに向かって呟く。
ポケモンからは返事が返ってこないのでひとりで溜息をついた。
はあ。
お狐様の意思か、自分の為なのか
それか、カラスバさんの為と言われても。
カラスバさんとここで会ってたことも覚えていなくて、誰か別の人との話を聞いてるみたいで実感が湧いてこない。
「私でも誰かの励ましになってたってことか……」
親から手放しに褒められた小さな子どもみたいに晴れがましい気がしてくる。
小さい頃の私偉かったんだなあ。
今からでもそんな風になれるんだろうか。
それができたら誰かと一緒にいても良いとちょっとは思えるんだろうか?
「できることってバトルで勝つことくらいだもんなあ……」
現状そのバトルはまったく求められていない。
ミアレではそれで良かったんだけと、私の居場所ってマチエールさんやカラスバさんが用意してくれてただけでここじゃ誰の役にも立てない。
はあ、と重い溜息をこぼしても何も返ってこない。
初めて来た時に気付いていたがお屋敷にいるとボールの中にいる相棒達がしんと鎮まりかえる。ここにいる何かの気配を彼らは敏感に感じ取っているのだろうか。
私はと言えばここへ来てから気配を感じなくなっていた。それは居なくなったというより、周り全てがそれになり包まれた感じに近かった。
カラスバさんは私にはもったいない気がするんだよなあ……
鬱々と暗い考えに沈みかけたところで声がかかった。
カラスバさんに呼ばれている。
6.
「ほな行こか」
そう言って微笑む姿は、さっきの泡を食った様子と打って変わって別人のようだ。
菫色の羽織りを羽織って落ち着きはらっている。私と違って一人の間にしっかり気持ちを切り替えたのだろう。
「ここの人がわざわざお店の予約までしてくれはったみたいや。上手くいくよう見張られとるみたいで緊張すんなあ」
「あー…、すみません。居心地悪いですよね」
「オマエが謝ることちゃうやろ?オレももう慣れてきたわ」
食事の間、カラスバさんは、言い伝えの話題を避けてくれていた。ちょっとだけ、助かったと思った。
「どこにいても仕事ができるのは困りもんやなぁ。若いモンに見られてないと気が抜けてもうて。気を抜いてるところをジプソに見られたらどないしよ」
「私はやること無くて暇で。野生ポケモンがいないのは変だけど静かで落ち着く所だなって」
「ミアレに戻ったら寝惚けたことも言ってられんくなるわ」
ミアレに戻る。私の胸が弾んだ。
「私は早く戻りたいな。ホテルもデウロとピュールに任せっきりだし…」
「お客さんおらんやん」
「たまに来るんです!居なくても賑やかだし!」
「目立たんところにひっそり建っとるからや。うちを見てみい、自己主張って大事やで」
「そういうのAZさんぽくない」
「あのじいさん、ただでさえでっかくて目立っとったもんな」
3000歳と言われたAZさんにまつわる伝説的な噂話、市長のやり方、新しいビル。
ミアレの風景を思い浮かべると楽しい食事になった。…カラスバさんを誘ってよかった。
「元気出てきたみたいでよかったわ」
と言われ今までずっと元気をなくしていたことに気付く。
「オマエが元気無いと調子狂う」
「すみませんでした…」
「ま、しんどいやろうけど好きなもののことでも考えときや。そういうもんがいざって時に救ってくれるんや」
ああ、わかる気がする。
私がここへ来た時にポケモン達のことを考えていたみたいに。
カラスバさんもそういう大事なものに助けられたことがあるんだろうか。
ヒントでも無いかとちらりと顔を盗み見る。カラスバさんがいつものように口の端をすこし上げて真っ直ぐこっちを見る。…これじゃ分からないな。
本音を隠すのも、平気そうに振る舞うのも、私よりもずっと上手いんだ。
少しだけ寂しくなった。
なんとなく沈んだ思いになり、帰り道は静かにカラスバさんの隣をただ歩いた。
風が柳の木を揺らして私の肌を撫でていった。
「楽しくなかった?」
カラスバさんがお屋敷の前で立ち止まり尋ねた。
楽しかったけど寂しくなった。とは言えず黙って首を横に振った。
「…ああ、別に無理して明るく振る舞わんでもええから」
私は気遣いに甘えて沈黙を守った。
「オレは楽しかったけどな」
あ、まただ。胸が痛くて言葉に詰まる。彼の言葉をなぞって私も楽しかったと返したいのにそれを口にする勇気がない。
「今日はここでお別れするけど次は部屋の前までちゃんと送るから。セイカからデートのつもりで誘ってや」
おやすみ、と言って去ってくカラスバさんに楽しかったともまたともお休みと言うこともできず見送った。
7.
「デートだってさあ」
気を紛らすためにせっせとポケモン達の手入れをしながら、不安が口をついて出てくる。
「荷が重いよお〜」
ポケモンに寄りかかると気弱な自分が出てくる。
あの慣れた手つきで腰を抱き顔を引き寄せる男をデートでときめかせろだって?
次はデートだからそういう意味で頼むで、と宣言された上でこっちから誘うの?
……バトルでボッコボコにしてと言われるほうが楽だ。絶対そう。
「は〜でも昨日楽しかったし私もちゃんとカラスバさんを楽しませなきゃな……」
元気付けてくれて心配させたことへのお礼だと思えば。
経験に劣る私はまず町へ出て情報収集することにした。センスが無いなら人を頼ればいい。
「カラスバさん、明日のお昼、私に時間ください」
「お誘い?」
「はい」
「…大丈夫?無理せんでもええで?」
バトル相手にする顔が出てしまっている私をカラスバさんが気遣った。気合い十分。慣れないことを精神力でカバーしているだけだが。
「デートなので現地で待ち合わせでお願いします」
「あら。それは楽しそうやね。ほんなら、明日よろしゅう」
部屋に戻ってもさっきのカラスバさんのいたずらっぽい瞳が頭から離れなくて、ちゃんと眠れるのかと思った。
楽しみにしてる、という言葉が甦って耳を熱くする。
ポケットの中でスマホロトムが震えた。
ピュールからだった。食卓を囲む写真と『早く戻ってきてカナリィさんの配信を見て下さい』っていうメッセージを添えて。いつも通り、見慣れたやり取り。
うん。…戻るまでに、戦果を上げなきゃ。
夜が明けると、私の切々とした思いを吹き飛ばすような陽光の清々しい日になった。
緊張はしている。しているけど一人で飛行機に乗ってミアレを発った日に比べると別種の緊張だ。すーっと息を吸い込みカラスバさんに違いない人影へ近付いた。
「カラスバさん、ゲストがホストより先に着いちゃダメですよ」
「ポケモンにせっつかれて早めに出てもうた」
カラスバさんだと遠目にも分かったのは着物と目立つ髪色が目印になっていたから。今までの落ち着いた色合いと違って鮮やかな青色の着物に包まれた姿は「若旦那さん」という風情だ。
「普段こういう色は着ないんやけどな。セイカによく似合う色やし綺麗やなって」
「今日は私がリードするので」
「ごめんごめん、そやったな」
赤い顔を見られないようにカラスバさんの後ろに回ってお店へと押し込んだ。ちょっと皆さん、この人デート相手が映えるように着る物を選んできてます。
もし正式に付き合っていたらきっとすごく晴れがましくなって、皆に自慢したくなるんだろうな。今はとにかく気恥ずかしい。
幸いにも出された料理がどれも凝っていて私はカラスバさんを真正面から見ないで済んだ。
時々目を上げるとこっちへ向かって微笑んでいて心臓に悪いから助かる。
「この後ちょっと歩いて回りたいんだけど、いい?」
「もちろん」
小さい頃に行ったことのある場所を巡るつもりだ。
いろいろ考えてみたけどこれになった。
気取った場所や初めての場所にも興味はあるし二人で行ったらきっと楽しいだろう。
記憶にあったのと全く変わらない場所もあれば綺麗になっている場所まで。私にとって当たり前の風景も二人で見て回ると新鮮な気持ちになれそうだから。
カラスバさんは真剣に耳を傾けながら私の昔話に付き合ってくれた。
「これってセイカが考えてくれたん?」
お茶屋さんで一息入れて休憩しているところでカラスバさんに問われた。
「いろいろ調べてみたんだけど、行ったことのない場所より私のこと知ってもらいたいなと思って」
「思ったよりもちゃんと考えててくれて嬉しいかも」
…よかった、成功みたいだ。
ほっと胸を撫で下ろした。
カラスバさんの手が私の手に重なった。
暫く二人で黙って見つめ合ったあと、
「朝帰りでもしたほうがお家のみなさんは喜ぶやろけどなあ。最初のデートやし暗くなる前に戻ろか」
とカラスバさんが立ち上がった。
キスをされるかと思って心臓が跳ねた。
8.
xxxx
カラスバさんに続いて立ち上がり帰る準備を整える。
「初めてのデートで朝帰りはまずいよなあ」
そう言って笑うカラスバさんの様子から私にも冗談だと分かるけど心臓に悪い。
さ…最初のデートって。当たり前に次もあるみたいに。それにさっき、キスされるような気がした。何気ない振る舞い一つ一つに反応してしまうのはだいぶ、だいぶ心を乱されているのだろう。まだ肌寒さの残る季節なのにさっきからずっと汗をかいている。
…キスしてくんなかったな。
昼間から外でされても困ってしまうのだろうけど残念に思う私がいる。完全にひとりで暴走してる。
「ま、ここの人たちを安心させてあげよか」
門の前で少し躊躇って、差し出された手を取った。
カラスバさんの手に包まれて歩いていると私とカラスバさんを見て、すれ違うお手伝いの人が、ほっとした顔をする。そして頭を下げてそそくさと去っていく。
「……ここへ来てから本宅の人達と会ってないなあ」
住み込みで働いている人や手入れのため出入りしている人しか見ていない。昔はみんなで集まることは稀でも誰かしらはいたはず。
「オマエに合わせる顔がないか、狐さんの怒りが怖いんやろ」
まだオマエに対してケジメの付け方が分からんのやろな、と呟いた。
「オレは結構居心地いいけどな」
うん。ずっとここに居たのかと錯覚するくらい馴染んでいるし、今もお屋敷の木々がカラスバさんを歓迎しているように揺れている。ざわ、と耳に心地良い音を立て、屋敷に奥へ誘い込んでいるのかと思うくらいに──
「セイカ」
「さっきから何か変なんやけどオレだけちゃうよな?」
辺りが真っ暗になり周りの風景が消えて人の気配が途絶えていた。春先とは言え陽が沈むにはあまりに早い。ただ暗くなっているだけなら風音くらいはするはずがサッパリと消えていた。
「動かんほうがええよな」
座り込んで身を寄せる。全ての生き物の気配が途絶えてしまったみたいだ。
「これって狐さんのお力よなあ?
セイカを怖がらせる必要あるんか?…腹決めろってことか」
前にも言ったけど別に子どもの頃に会うたからでもしきたりの為でもないで。コイツがええなって今のオレが思ってるだけや
虚空に向かってカラスバさんが語りかけても返答はない。
「読めへんヤツやなあ。オレより捻くれとる」
お狐様をそんな風に言う人を初めて見た。
「ふふ」と吹き出した私に
「オレが捻くれてるってとこは否定せんと」
「や、だって…」
「あー、閉じ込められてもうた。ここの人達にセイカをどっかに連れ込んでると思われたらアンタのせいやで」
「だから、笑っちゃうから、やめて…」
「セイカも一緒に怒ってや。オレだけガキくさいやん」
私は涙が出るほど笑ってしまって、カラスバさんの言う通りにできなかった。小さい頃から今までこのお家に振り回されてきた蟠りや不安なんかも涙と一緒に流れていったような気がした。
「やめよか?」とカラスバさんが私を見て呟いた。いきなりすぎて理解できなかった。ちょっと考えてカラスバさんが儀式や言い伝えの事を言っているのだと分かった。
「狐さまの意志とか関係無いやんな。オレ以外に条件に合う奴を探すなり、とにかく今じゃなくていい。
なんか起こるんやったら最悪オレと契ればいいしな。ギリギリセーフで許してくれるやろ」
……ギリギリで許してくれるって。あんまりな、ざっくばらんな言いように私は呆気に取られた。
「オレは本気やで?」
「いや、カラスバさんを都合良く使うようなことは───」
「こんくらいさせてくれよ」
…う。そう言われると。
「カラスバさんは私にはもったいないのに。そんな事しなくていいんだよ…」
「なんでやねん。オマエ以外に好きなヤツなんておらん。幸せにしたいから好きでやってる。申し訳なく思うな」
全く痛くないデコピンがひとつ、額に降った。痛くないのにそこだけ燃えるように熱くて指でさすった。
静寂の後に闇が晴れて見慣れた庭の風景が戻った。
「…お。力が尽きたか」
無言になった私をカラスバさんは部屋の前まで送ってくれた。
「約束守ったで。ごっつ邪魔は入ったけど。…ま、たまにはこんな事もあるわな」
「…セイカ?気分良くないんか?誰か呼んで休んだほうがええかも」
体が先に動いて、カラスバさんに抱き着いていた。
「どしたん?急に。その……オレ嬉しくなってしまうで?」
言葉にするのは難しい。
カラスバさんの気持ちに比べて私の覚悟はあまりに幼い。
けどカラスバさんと一緒にミアレに帰りたい。なるべく早く。前と変わらずポケモンを追いかけていたいし、側にいるのはカラスバさんがいい。今までこの人に見守られて私がどれだけ安心して過ごせていたか。
「…ミアレに帰りたい」
「なんやホームシックかいな」
カラスバさんが頭を撫でた。
「…カラスバさんと一緒にミアレに戻りたい。私、決められた人が相手でもポケモンと一緒にいるの諦めたくなかった。私がやりたいこと許してくれる人だったらいいなって──」
「こんなのずるい気がするけど、もし私でよかったらミアレに戻ってまた会ってほしくて」
気付くと私の足が地面を離れて宙に浮いていた。
カラスバさんが両の腕で私を抱えて、そのままくるくると私の体が宙を舞う。
「セイカがいい!」
子どもみたいな満面の笑顔で笑うカラスバさんから目が離せない。
やっと床に足が着いたと思ったらふらふらして二人して倒れ込んだ。足は互いにもつれて、着物が乱れて髪もぐちゃぐちゃで台無しになった。
カラスバさん、私がいいって言った?
そう思った私の唇をカラスバさんが塞いだ。
「ごめん、めっちゃ嬉しくて──」
慌てて唇を離したカラスバさんの着物の襟を捕まえて、今度は私からキスをした。
「ん──」
互いに何度もそれを繰り返して、時間の経つのを忘れそうになった頃。
「あかん!最初のデートでめちゃくちゃしてもうた!」
自分に怒りながら慌てて着物を直すカラスバさんを見て私はまた笑った。
たぶん、この人で合ってる。
5.
「怒ってたよなあ」
自室でボールに向かって呟く。
ポケモンからは返事が返ってこないのでひとりで溜息をついた。
はあ。
お狐様の意思か、自分の為なのか
それか、カラスバさんの為と言われても。
カラスバさんとここで会ってたことも覚えていなくて、誰か別の人との話を聞いてるみたいで実感が湧いてこない。
「私でも誰かの励ましになってたってことか……」
親から手放しに褒められた小さな子どもみたいに晴れがましい気がしてくる。
小さい頃の私偉かったんだなあ。
今からでもそんな風になれるんだろうか。
それができたら誰かと一緒にいても良いとちょっとは思えるんだろうか?
「できることってバトルで勝つことくらいだもんなあ……」
現状そのバトルはまったく求められていない。
ミアレではそれで良かったんだけと、私の居場所ってマチエールさんやカラスバさんが用意してくれてただけでここじゃ誰の役にも立てない。
はあ、と重い溜息をこぼしても何も返ってこない。
初めて来た時に気付いていたがお屋敷にいるとボールの中にいる相棒達がしんと鎮まりかえる。ここにいる何かの気配を彼らは敏感に感じ取っているのだろうか。
私はと言えばここへ来てから気配を感じなくなっていた。それは居なくなったというより、周り全てがそれになり包まれた感じに近かった。
カラスバさんは私にはもったいない気がするんだよなあ……
鬱々と暗い考えに沈みかけたところで声がかかった。
カラスバさんに呼ばれている。
6.
「ほな行こか」
そう言って微笑む姿は、さっきの泡を食った様子と打って変わって別人のようだ。
菫色の羽織りを羽織って落ち着きはらっている。私と違って一人の間にしっかり気持ちを切り替えたのだろう。
「ここの人がわざわざお店の予約までしてくれはったみたいや。上手くいくよう見張られとるみたいで緊張すんなあ」
「あー…、すみません。居心地悪いですよね」
「オマエが謝ることちゃうやろ?オレももう慣れてきたわ」
食事の間、カラスバさんは、言い伝えの話題を避けてくれていた。ちょっとだけ、助かったと思った。
「どこにいても仕事ができるのは困りもんやなぁ。若いモンに見られてないと気が抜けてもうて。気を抜いてるところをジプソに見られたらどないしよ」
「私はやること無くて暇で。野生ポケモンがいないのは変だけど静かで落ち着く所だなって」
「ミアレに戻ったら寝惚けたことも言ってられんくなるわ」
ミアレに戻る。私の胸が弾んだ。
「私は早く戻りたいな。ホテルもデウロとピュールに任せっきりだし…」
「お客さんおらんやん」
「たまに来るんです!居なくても賑やかだし!」
「目立たんところにひっそり建っとるからや。うちを見てみい、自己主張って大事やで」
「そういうのAZさんぽくない」
「あのじいさん、ただでさえでっかくて目立っとったもんな」
3000歳と言われたAZさんにまつわる伝説的な噂話、市長のやり方、新しいビル。
ミアレの風景を思い浮かべると楽しい食事になった。…カラスバさんを誘ってよかった。
「元気出てきたみたいでよかったわ」
と言われ今までずっと元気をなくしていたことに気付く。
「オマエが元気無いと調子狂う」
「すみませんでした…」
「ま、しんどいやろうけど好きなもののことでも考えときや。そういうもんがいざって時に救ってくれるんや」
ああ、わかる気がする。
私がここへ来た時にポケモン達のことを考えていたみたいに。
カラスバさんもそういう大事なものに助けられたことがあるんだろうか。
ヒントでも無いかとちらりと顔を盗み見る。カラスバさんがいつものように口の端をすこし上げて真っ直ぐこっちを見る。…これじゃ分からないな。
本音を隠すのも、平気そうに振る舞うのも、私よりもずっと上手いんだ。
少しだけ寂しくなった。
なんとなく沈んだ思いになり、帰り道は静かにカラスバさんの隣をただ歩いた。
風が柳の木を揺らして私の肌を撫でていった。
「楽しくなかった?」
カラスバさんがお屋敷の前で立ち止まり尋ねた。
楽しかったけど寂しくなった。とは言えず黙って首を横に振った。
「…ああ、別に無理して明るく振る舞わんでもええから」
私は気遣いに甘えて沈黙を守った。
「オレは楽しかったけどな」
あ、まただ。胸が痛くて言葉に詰まる。彼の言葉をなぞって私も楽しかったと返したいのにそれを口にする勇気がない。
「今日はここでお別れするけど次は部屋の前までちゃんと送るから。セイカからデートのつもりで誘ってや」
おやすみ、と言って去ってくカラスバさんに楽しかったともまたともお休みと言うこともできず見送った。
7.
「デートだってさあ」
気を紛らすためにせっせとポケモン達の手入れをしながら、不安が口をついて出てくる。
「荷が重いよお〜」
ポケモンに寄りかかると気弱な自分が出てくる。
あの慣れた手つきで腰を抱き顔を引き寄せる男をデートでときめかせろだって?
次はデートだからそういう意味で頼むで、と宣言された上でこっちから誘うの?
……バトルでボッコボコにしてと言われるほうが楽だ。絶対そう。
「は〜でも昨日楽しかったし私もちゃんとカラスバさんを楽しませなきゃな……」
元気付けてくれて心配させたことへのお礼だと思えば。
経験に劣る私はまず町へ出て情報収集することにした。センスが無いなら人を頼ればいい。
「カラスバさん、明日のお昼、私に時間ください」
「お誘い?」
「はい」
「…大丈夫?無理せんでもええで?」
バトル相手にする顔が出てしまっている私をカラスバさんが気遣った。気合い十分。慣れないことを精神力でカバーしているだけだが。
「デートなので現地で待ち合わせでお願いします」
「あら。それは楽しそうやね。ほんなら、明日よろしゅう」
部屋に戻ってもさっきのカラスバさんのいたずらっぽい瞳が頭から離れなくて、ちゃんと眠れるのかと思った。
楽しみにしてる、という言葉が甦って耳を熱くする。
ポケットの中でスマホロトムが震えた。
ピュールからだった。食卓を囲む写真と『早く戻ってきてカナリィさんの配信を見て下さい』っていうメッセージを添えて。いつも通り、見慣れたやり取り。
うん。…戻るまでに、戦果を上げなきゃ。
夜が明けると、私の切々とした思いを吹き飛ばすような陽光の清々しい日になった。
緊張はしている。しているけど一人で飛行機に乗ってミアレを発った日に比べると別種の緊張だ。すーっと息を吸い込みカラスバさんに違いない人影へ近付いた。
「カラスバさん、ゲストがホストより先に着いちゃダメですよ」
「ポケモンにせっつかれて早めに出てもうた」
カラスバさんだと遠目にも分かったのは着物と目立つ髪色が目印になっていたから。今までの落ち着いた色合いと違って鮮やかな青色の着物に包まれた姿は「若旦那さん」という風情だ。
「普段こういう色は着ないんやけどな。セイカによく似合う色やし綺麗やなって」
「今日は私がリードするので」
「ごめんごめん、そやったな」
赤い顔を見られないようにカラスバさんの後ろに回ってお店へと押し込んだ。ちょっと皆さん、この人デート相手が映えるように着る物を選んできてます。
もし正式に付き合っていたらきっとすごく晴れがましくなって、皆に自慢したくなるんだろうな。今はとにかく気恥ずかしい。
幸いにも出された料理がどれも凝っていて私はカラスバさんを真正面から見ないで済んだ。
時々目を上げるとこっちへ向かって微笑んでいて心臓に悪いから助かる。
「この後ちょっと歩いて回りたいんだけど、いい?」
「もちろん」
小さい頃に行ったことのある場所を巡るつもりだ。
いろいろ考えてみたけどこれになった。
気取った場所や初めての場所にも興味はあるし二人で行ったらきっと楽しいだろう。
記憶にあったのと全く変わらない場所もあれば綺麗になっている場所まで。私にとって当たり前の風景も二人で見て回ると新鮮な気持ちになれそうだから。
カラスバさんは真剣に耳を傾けながら私の昔話に付き合ってくれた。
「これってセイカが考えてくれたん?」
お茶屋さんで一息入れて休憩しているところでカラスバさんに問われた。
「いろいろ調べてみたんだけど、行ったことのない場所より私のこと知ってもらいたいなと思って」
「思ったよりもちゃんと考えててくれて嬉しいかも」
…よかった、成功みたいだ。
ほっと胸を撫で下ろした。
カラスバさんの手が私の手に重なった。
暫く二人で黙って見つめ合ったあと、
「朝帰りでもしたほうがお家のみなさんは喜ぶやろけどなあ。最初のデートやし暗くなる前に戻ろか」
とカラスバさんが立ち上がった。
キスをされるかと思って心臓が跳ねた。
8.
xxxx
カラスバさんに続いて立ち上がり帰る準備を整える。
「初めてのデートで朝帰りはまずいよなあ」
そう言って笑うカラスバさんの様子から私にも冗談だと分かるけど心臓に悪い。
さ…最初のデートって。当たり前に次もあるみたいに。それにさっき、キスされるような気がした。何気ない振る舞い一つ一つに反応してしまうのはだいぶ、だいぶ心を乱されているのだろう。まだ肌寒さの残る季節なのにさっきからずっと汗をかいている。
…キスしてくんなかったな。
昼間から外でされても困ってしまうのだろうけど残念に思う私がいる。完全にひとりで暴走してる。
「ま、ここの人たちを安心させてあげよか」
門の前で少し躊躇って、差し出された手を取った。
カラスバさんの手に包まれて歩いていると私とカラスバさんを見て、すれ違うお手伝いの人が、ほっとした顔をする。そして頭を下げてそそくさと去っていく。
「……ここへ来てから本宅の人達と会ってないなあ」
住み込みで働いている人や手入れのため出入りしている人しか見ていない。昔はみんなで集まることは稀でも誰かしらはいたはず。
「オマエに合わせる顔がないか、狐さんの怒りが怖いんやろ」
まだオマエに対してケジメの付け方が分からんのやろな、と呟いた。
「オレは結構居心地いいけどな」
うん。ずっとここに居たのかと錯覚するくらい馴染んでいるし、今もお屋敷の木々がカラスバさんを歓迎しているように揺れている。ざわ、と耳に心地良い音を立て、屋敷に奥へ誘い込んでいるのかと思うくらいに──
「セイカ」
「さっきから何か変なんやけどオレだけちゃうよな?」
辺りが真っ暗になり周りの風景が消えて人の気配が途絶えていた。春先とは言え陽が沈むにはあまりに早い。ただ暗くなっているだけなら風音くらいはするはずがサッパリと消えていた。
「動かんほうがええよな」
座り込んで身を寄せる。全ての生き物の気配が途絶えてしまったみたいだ。
「これって狐さんのお力よなあ?
セイカを怖がらせる必要あるんか?…腹決めろってことか」
前にも言ったけど別に子どもの頃に会うたからでもしきたりの為でもないで。コイツがええなって今のオレが思ってるだけや
虚空に向かってカラスバさんが語りかけても返答はない。
「読めへんヤツやなあ。オレより捻くれとる」
お狐様をそんな風に言う人を初めて見た。
「ふふ」と吹き出した私に
「オレが捻くれてるってとこは否定せんと」
「や、だって…」
「あー、閉じ込められてもうた。ここの人達にセイカをどっかに連れ込んでると思われたらアンタのせいやで」
「だから、笑っちゃうから、やめて…」
「セイカも一緒に怒ってや。オレだけガキくさいやん」
私は涙が出るほど笑ってしまって、カラスバさんの言う通りにできなかった。小さい頃から今までこのお家に振り回されてきた蟠りや不安なんかも涙と一緒に流れていったような気がした。
「やめよか?」とカラスバさんが私を見て呟いた。いきなりすぎて理解できなかった。ちょっと考えてカラスバさんが儀式や言い伝えの事を言っているのだと分かった。
「狐さまの意志とか関係無いやんな。オレ以外に条件に合う奴を探すなり、とにかく今じゃなくていい。
なんか起こるんやったら最悪オレと契ればいいしな。ギリギリセーフで許してくれるやろ」
……ギリギリで許してくれるって。あんまりな、ざっくばらんな言いように私は呆気に取られた。
「オレは本気やで?」
「いや、カラスバさんを都合良く使うようなことは───」
「こんくらいさせてくれよ」
…う。そう言われると。
「カラスバさんは私にはもったいないのに。そんな事しなくていいんだよ…」
「なんでやねん。オマエ以外に好きなヤツなんておらん。幸せにしたいから好きでやってる。申し訳なく思うな」
全く痛くないデコピンがひとつ、額に降った。痛くないのにそこだけ燃えるように熱くて指でさすった。
静寂の後に闇が晴れて見慣れた庭の風景が戻った。
「…お。力が尽きたか」
無言になった私をカラスバさんは部屋の前まで送ってくれた。
「約束守ったで。ごっつ邪魔は入ったけど。…ま、たまにはこんな事もあるわな」
「…セイカ?気分良くないんか?誰か呼んで休んだほうがええかも」
体が先に動いて、カラスバさんに抱き着いていた。
「どしたん?急に。その……オレ嬉しくなってしまうで?」
言葉にするのは難しい。
カラスバさんの気持ちに比べて私の覚悟はあまりに幼い。
けどカラスバさんと一緒にミアレに帰りたい。なるべく早く。前と変わらずポケモンを追いかけていたいし、側にいるのはカラスバさんがいい。今までこの人に見守られて私がどれだけ安心して過ごせていたか。
「…ミアレに帰りたい」
「なんやホームシックかいな」
カラスバさんが頭を撫でた。
「…カラスバさんと一緒にミアレに戻りたい。私、決められた人が相手でもポケモンと一緒にいるの諦めたくなかった。私がやりたいこと許してくれる人だったらいいなって──」
「こんなのずるい気がするけど、もし私でよかったらミアレに戻ってまた会ってほしくて」
気付くと私の足が地面を離れて宙に浮いていた。
カラスバさんが両の腕で私を抱えて、そのままくるくると私の体が宙を舞う。
「セイカがいい!」
子どもみたいな満面の笑顔で笑うカラスバさんから目が離せない。
やっと床に足が着いたと思ったらふらふらして二人して倒れ込んだ。足は互いにもつれて、着物が乱れて髪もぐちゃぐちゃで台無しになった。
カラスバさん、私がいいって言った?
そう思った私の唇をカラスバさんが塞いだ。
「ごめん、めっちゃ嬉しくて──」
慌てて唇を離したカラスバさんの着物の襟を捕まえて、今度は私からキスをした。
「ん──」
互いに何度もそれを繰り返して、時間の経つのを忘れそうになった頃。
「あかん!最初のデートでめちゃくちゃしてもうた!」
自分に怒りながら慌てて着物を直すカラスバさんを見て私はまた笑った。
たぶん、この人で合ってる。