(若カラスバ)Changed for bad
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「セイカ久しぶりやん」
「カラスバさん……ですか?」
来る人に威圧感を与える重苦しいサビ組事務所で、その中心に据えられたカラスバの姿に違和感を覚えてセイカは立ち止まった。
「……」
「あれ?もうばれてもた」
そう言って笑うサビ組のボスはいつものカラスバではないらしい。
「久しぶり…ですね」
「ジプソがおらんから出てこれたんかな?オレあいつまだ怖いもん」
……無邪気でいたずらっぽい振る舞いがいつものカラスバさんと全然違う。
セイカはどう接していいか分からずこれ以上近づけずにいた。前回会った時は距離を詰められて恥ずかしい質問をされたり危うく触れられそうになったり散々な目に遭ったからだ。
「アンタ可愛かったから会いたかってん」
直球でぶつかってくる好きな人にセイカの目の前に星が飛んだ。飾り気のない口説き文句と真っ直ぐな好意に目が眩んでしまう。
カラスバと全く同じ顔から出てくる口説き文句に面食らっていると、
「こないだのお詫びさせてや」
とソファまで引っ張ってこられた。
この人から迫られたら断れない──危機感を覚えているのに邪気がない幼い振る舞いに押されてしまう。
「座り心地のいいソファ」で彼の隣に座らされた。もちろん彼はここの持ち主なので自由に使っていい。
この感じって、まるでカントーにあるカッコイイ男の人が女の人をおもてなしするお店みたい。
彼の着ているスーツと胸のバッジもすごくそれっぽい。そう思っているとカラスバが眼鏡を外してセイカをニコニコと見詰めたあと、
「アンタやっぱり可愛いなあ。アイツってそういう事よう言わんやろ。カッコつけてんの想像つくわ」
と笑った。さすが本人……だからなのか結構当たっている。カラスバさんならもっとこう、私の些細な変化や振る舞いを見るはずだから。
「アイツの話はええわ。せっかくアンタに会えたんやし」
気付くとセイカの手が握られていた。じり、と後ずさるとソファの背もたれにぶつかり逃げ場がない。
「オレこういう瞳にずっと憧れててん」
あなたの目のほうが綺麗だと思うけど。
そう思うセイカを見詰めるカラスバの目は、夜空に星を見つけようとしてる時のような真剣な色を宿していた。
「オレのことももっと見てよ」
カラスバの切望はセイカの体に命令のように響いた。琥珀色の目がぶつけられると視線をロックされたように動かせない。
捕食者に狙われるってこういう気持ちなんだろうか、とセイカが身を固くした時、唇に優しいキスが降ってきた。
あまりに優しくて可愛いキスでセイカは呆ける。
……意外。
かわいい。
……いや、そのギャップはズルくない?
急に熱くなり顔が上気するのを感じると、カラスバがぱっと離れて明るい声で尋ねる。
「もっかいするけどいい?」
「えーと、いいけど、いや、ダメ、やっぱだめ」
口付けを受け入れてしまった申し訳なさで思わず頷くセイカへ彼が距離を詰めてくる。
まずいまずい、カラスバさん助けて、この子可愛い。
「アンタが本気で嫌がってないとアイツは出てこないと思うけど?」
……拒絶ってどうやって?このかわいいカラスバさんを相手に?
追い詰められて逃げ場のないセイカの背中を汗が伝う。
セイカが覚悟を決めて目を瞑ると、またさっきのように彼の唇が近付いてくる。肌に温度を感じる。
「むぐ。」
「あかんオレちゅー下手かも」
今度はぶつかるようなキスだった。反射的に目を閉じたセイカと、勢い任せのキスが事故を起こした。
「どうしよ、困ったな。セイカやりかた教えて?」
「教え……!?」
「うん。どうやってるか分からん。ひとりじゃ上手くいかへん」
なんて素直なんだろう。セイカは頭を抱えたくなって、けどもうこの可愛い人を拒否しきれなくなっていた。
良いのかな、元のカラスバさんに知られたら困るかも、と悩んでいるセイカへ追い打ちをかけるように「なあ」と懇願された。
この、甘ったれが…はあ…
断れるわけないじゃん…
「こうやって……」
覚悟を決めてゆっくりと額を近づけていった。互いに鼻を掠めた辺りで目が合う。
「……キスしてないのにどきどきする。セイカすごいな」
「いいよそのまま待ってて」
素直に目を閉じた彼の唇に短く触れるとすぐに離れた。ゆっくり目を開いたカラスバが
「こんだけ?」
と問う。
「もっかいおんなじのするから待ってて」
今度はさっきよりゆっくりと唇を離した。
「さっきより気持ちエエ。なんで?オマエすごいな」
「もっかい、いい?」
可愛く伺いを立てるカラスバに頷いて顔を傾けると彼からも顔を近付けてきた。ちゅ、と可愛らしい音を立てて、初々しいキスが成功する。青くて果実のようなキスだった。
「今のうまくいった?」
「うん」
「もっかいやる、見てて」
要点を得たのか、気付けばセイカのリードが要らなくなっていた。普段のカラスバからキスされているのと区別がつかなくなりセイカの胸が早鐘を打つ。
そろそろ、と身体を離そうとしたセイカの唇をカラスバが柔らかく食む。
「な、そ、それは教えてない…!」
「逃げんといてや」
カラスバの唇がすぐ戻ってきて、セイカの唇を何度も食む。気付けばセイカの額に汗が滲んでいる。
「カラスバさん、も、もう大丈夫そう、教える事ない」
「も、ちょい深く……」
「ん……」
深く、という宣言通りカラスバが体重をかけて口付けた。
「ん、む……」
逃げようともがく度に舌で捕まえられ、口内で熱が触れ合う。唇が溶け合うほど深い口付けにセイカの思考が奪われる。
「ん……ん……っ、カラスバさ、苦しいから……っ」
意志を伝える為に動かした舌すら絡め取られ甘く吸われる。腰に甘い痺れが広がって腕から力が抜け、気付けばしがみついていた。
「オレ上手くできてる?」
「できてる、できてるから……っ」
息ができない。
教えていたはずの相手に追い詰められてキスの合間に辛うじて息をしながらセイカは興奮を沈めようと努めた。息が整う前にまた彼の顔が近付いてくる。まずい、止めなきゃいけない──
「あ。彼氏戻ってくるわ。」
「彼氏?」
彼氏、とは。
セイカが困惑しているとカラスバが眉を潜める。
ん、と苦しそうに呻いてじっと目を瞑っている。
「だ、大丈夫……?」
「セイカ?」
「カラスバさんだよね?」
「え?うん。なん……なんかきもちいいことしとった気がする……」
カラスバはセイカを見下ろして、息の上がった赤い顔に気付いた。
「あ、やらかしてるなオレ。」
腕に力を篭めてセイカを押し倒していて、相手の目に涙が浮かんでいる。
「セイカ大丈夫?」
「………す、すごかった」
「す、すごかった???
……オレすごかったの??」
何をしてしまったのか聞くのが怖くなる回答に、カラスバはセイカが落ち着くのを待った。
「謝りたいけど……話訊ける状態じゃないな」
「もうカラスバさんとはキスしない…………」
「え”」
「向こうの……」
「……そっちか」
セイカの言葉に焦ったカラスバがいつもの癖で眼鏡に触れるが、指に触れるはずの縁がそこにはなかった。
机に無造作に投げ捨てられた眼鏡を手に取りいつもの場所に戻す。その顔をセイカがじっと見詰めるので、居心地の悪さを感じた。
「……そんな酷いことしてもうた?」
「眼鏡…ありがと…落ち着く……」
「おおきに……?」
もう一度眼鏡に触れてみる。これが無い状態でいろいろやってしまったのだろうな、と欠けた記憶を想像で補う。
「ほんっとやばかった……こっちのカラスバさんともキスしない……」
「ん”」
「暫くはしない」
「……あ、ほうか。うん」
「むりだ。罪悪感が……私が断んなきゃいけなかったのに……」
「いや悪いのアイツやから。というかオレのせいやから……セイカの事になると色々と……」
「私より落ち込んでる」
「だってセイカを泣かせてもうてるもん」
肩を抱いて励ますように揺すると、セイカが大きな溜息をついた。
カラスバは、もう一人の自分が向こうで高笑いしているような気がした。誰のせいや思てんねん、と心の中で毒づいて腕の中のセイカを見る。
「なんか色々しちゃった後で順番がごっちゃになっとるけどさ、まだ早い時間やからさ、外出えへん?」
「外……」
「落ち着いてからでええよ」
お詫びさせてほしい、と言うカラスバにセイカは頷いた。
セイカはあまり話したがらないかもしれないが、落ち着いたらあっちのオレがどんな感じだったのか聞かないと───
また一つ溜息をついてからセイカが
「出会ったのがこっちの方で良かったな」
と零した。
カラスバは単純に「好き」と言われるより嬉しい言葉を貰った気がして、こんな時なのに喜びで胸が満たされた。さっきダメだと言われたばかりだけどキスしたい欲求が腹の底から湧いてくる。
「セイカ……」
キスを仕掛ける時の熱っぽい声で迫ると、
「今日はだめ」
と断られた。
よし、外で気分転換してからまた試そう。
可愛いセイカの唇を奪った(しかも良かったらしい)若い頃の自分には負けていられない。
セイカを巡るライバルらしいライバルなんて居なかったのに自分自身と勝負してるなんてなあ──
まあアイツが好きになっちゃうのも分かる、だってセイカやもん。
若い頃に出会ってしまっていまらきっと大事に扱うことができなくてたくさん傷つけて嫌われていただろう。今出会えて良かったと言うべきなのはオレのほうなのだ。
今日はセイカとどんな事をしよう。たくさん笑ってもらいたいし、できれば気持ちよくなる事もしたい。カラスバは胸を弾ませこれからの計画に思いを馳せた。