めくる、眩めく
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めくる、眩めく
1•·················•·················•
カラスバさんの目付きは険しい。
それは今に始まったことじゃなかった。初めて会った頃は怖い顔ばかり見せていたし、優しいところがある事も知らなかった。怖い人なんだなあ、とか思っていた。実際やってること、怖かったし。
今日のカラスバさんもそっちに近い。
「オマエらだけが頼りや」
私とガイとコルニさん、3人を前に、カラスバさんが檄を飛ばす。よく通る声ではっきりと。これがボスの指令ってやつなんだろうな、部下の人達の背筋も伸びるわけだとぼんやりと考えていると「セイカ、聞いとるか」と注意された。
「もちろん」
「しゃきっとせえや」
私にだけ二度目の檄が飛んでくる。
「セイカとコルニさんがいるから大丈夫だって!」
私の、むすくれた「はい」という返答をガイの溌剌とした声が完全に上書きした。
「まーぼちぼちと行きますか!」
コルニさんの声も重なって、チームの士気が上がる。
私も、静かに頷いた。
カラスバさんの言うことが正しい。むくれているのは私のほう。
”私は”この人の優しい顔を知っている──
という風に、自惚れていたから。
出会い方があんなだったから危ない人だとばかり思っていて、警戒していたのに、気が付いたら懐に入り込まれていた。
もしかして、それがいつものやり方なのかも。そう思う私もいた。カラスバさんは毒だから気をつけなよと忠告してくれた人もいた。
だけど私が見た、自分の過去を話す時の微笑み、私に勝ちたいと言って立ちはばかる時の真っ直ぐな闘志、気を許していると物憂げに語る顔──どれもが「私はこの人にとって。ちょっとは大事な人なんじゃないか?」と感じさせるのに十分だった。困ったのは、カラスバさんはそれ以上は決してこちらに踏み込んでこないこと。
どうでもいい関係なんだろうか?
カラスバさんにとってはよくある、出来事だった?
私だけが胸をかき乱されて、苦しくなってるんだろうか。
私の気持ちだけがずっと宙に浮いたままで時間だけが過ぎる。
記憶の中のカラスバさんに、しつこいくらい何度も尋ねてしまう。あなたは私に何をしたの?と───
私の頭にいるカラスバさんは、いつも暗がりの中にいて、曖昧に微笑みを浮かべている。
”気に入っている””おもろいと思っている”
そういう言葉をくれた。
種類は分からないけど彼の特別な場所を私が貰ったのだと思っていた。思いたかった。
それ以上のことを尋ねようとすると、ふっと暗闇に消えてしまう。私だけを残して。残された私はますますカラスバさんに囚われて動けなくなる。私はいつもそこで、変わらない現実に戻る。ただの、仕事相手の一人として────
今日も険しい顔付きで「用事」と「依頼」を簡潔に言い渡される。
それ以上聞くことは叶わず事務所を追い出される。
カラスバさんが、たまに私に向けてきたあの優しげな表情の意味はなんだったんですか?
それを本人に聞いてしまうと逃げられそうで怖いから、私はどこにも行けずにいる。
仕事相手の一人としてできることをしていれば、少なくとも同じ方向へ向かって進んではいける。
誤魔化しではあったけどそう思って彼らからの依頼を受けるしかなかった。
萎んでしまった元気を膨らませる方法もなく、私はガイやコルニさんと共に事務所を後にした。
カラスバさんの険しい顔つきは、最後まで変わらない。
2•·················•·················•
セイカさんから、はあ、と溜息が聞こえた。思わず目が彼女へと向いた。
「作業してるとこなのにごめんね」
目が合ったボクにセイカさんが謝る。
「別にかまわないですよ」
客の途絶えがちなホテルの静かなロビーに二人の会話が響く。実は人の気配が恋しくてわざわざロビーに出てきて裁縫をしているから、誰かの気配がすることも、話しかけられることも織り込み済みだ。
「これくらいで集中切れたりしません」
「そっか…ありがと…」
セイカさんは溜息をつくと前より萎れてソファに沈みこんだ。このままじゃ、ゴクリンみたいに潰れてしまいそうだ。どうにも心配になってくる。
「ピュールはさあ」
気怠げな息を吐いたセイカさんがボクに問いかける。
「カナリィさんが疲れた顔してたりしんどそうだったら心配になる?」
それは。
ちょっとだけ時間が必要な問いだ。
普段からファンとして考えているような事だから、頭に浮かぶ色んな言葉を整理するだけでいいのだが。一瞬のうちに色々なテキストが頭に浮かんで、適切な言葉選びのためにボクはすこしのあいだ黙った。そして、ひとたび口を開けば止まらなかった。
「配信続きで疲れて言葉が荒くなる彼女を見る事も珍しくないですが、そういうのもカナリィさんの味ですし…」
「そうかあ、理解があるねえ……」
「本当に不調だとしていち視聴者が口を出す領域ではないですし……プロとしての彼女を信頼して、変わらず応援するだけです」
「ファンの鑑だねえ…」
セイカさんはずるずると姿勢を崩し、ソファと一体化する寸前だった。
「好きな人なら、どんな表情でも愛しいと思うものなんだねえ…」
推しとの距離に悩んでいるのか?
私生活に干渉したいと思うような推しとの向き合い方は……、と釘を刺そうとしたところで、セイカさんが指先で毛先を弄り始めた。
そのまま目を伏せて、またため息をつく。
「ピュールみたいな距離感が長く好きでいるコツなのかなあ」
えーと…
さっきまで饒舌に、油を差したばかりのように動いていた舌がもつれた。
これは推しの話ではなくてセイカさんの好きな人の話だったりする?
萎れたセイカさんの様子からはそういう悩みが見て取れる。小さなあどけない少女の顔に、ボクより少し年上の年頃の女性らしい色が乗って、思わずギクリとする。
言葉が出てこない。
ボクはそういう「リアルなもの」へ苦手意識が強かった。だから推しを大事にしたい思いが人一倍強い。
仲間としては一歩踏み込んで彼女の悩みを聞いてあげたい。だけど恋の話はボクの得意分野じゃなかった。
ガイやデウロでは駄目なんだろうか。
ガイは前向きに励ますのが上手だし、デウロは察しも良いし、現実的な解決方法を示すことに長けている。ボクに話すくらいだから、そこまで深刻な悩みではないんだろうか──
通りからヤヤコマたちの囀りが聴こえてくるくらい、ボクたち二人は黙り込んだ。
ロビーに、沈黙が満ちる。ボクの口は重たかった。
そこへドアが開いて第三者が入ってきた。セイカさんを制してボクは慌てて立ち上がる。
苦手な場面から逃げ出す為に、ロビーに現れた配達員の元に逃げたボクは、更に困った事になる。
1•·················•·················•
カラスバさんの目付きは険しい。
それは今に始まったことじゃなかった。初めて会った頃は怖い顔ばかり見せていたし、優しいところがある事も知らなかった。怖い人なんだなあ、とか思っていた。実際やってること、怖かったし。
今日のカラスバさんもそっちに近い。
「オマエらだけが頼りや」
私とガイとコルニさん、3人を前に、カラスバさんが檄を飛ばす。よく通る声ではっきりと。これがボスの指令ってやつなんだろうな、部下の人達の背筋も伸びるわけだとぼんやりと考えていると「セイカ、聞いとるか」と注意された。
「もちろん」
「しゃきっとせえや」
私にだけ二度目の檄が飛んでくる。
「セイカとコルニさんがいるから大丈夫だって!」
私の、むすくれた「はい」という返答をガイの溌剌とした声が完全に上書きした。
「まーぼちぼちと行きますか!」
コルニさんの声も重なって、チームの士気が上がる。
私も、静かに頷いた。
カラスバさんの言うことが正しい。むくれているのは私のほう。
”私は”この人の優しい顔を知っている──
という風に、自惚れていたから。
出会い方があんなだったから危ない人だとばかり思っていて、警戒していたのに、気が付いたら懐に入り込まれていた。
もしかして、それがいつものやり方なのかも。そう思う私もいた。カラスバさんは毒だから気をつけなよと忠告してくれた人もいた。
だけど私が見た、自分の過去を話す時の微笑み、私に勝ちたいと言って立ちはばかる時の真っ直ぐな闘志、気を許していると物憂げに語る顔──どれもが「私はこの人にとって。ちょっとは大事な人なんじゃないか?」と感じさせるのに十分だった。困ったのは、カラスバさんはそれ以上は決してこちらに踏み込んでこないこと。
どうでもいい関係なんだろうか?
カラスバさんにとってはよくある、出来事だった?
私だけが胸をかき乱されて、苦しくなってるんだろうか。
私の気持ちだけがずっと宙に浮いたままで時間だけが過ぎる。
記憶の中のカラスバさんに、しつこいくらい何度も尋ねてしまう。あなたは私に何をしたの?と───
私の頭にいるカラスバさんは、いつも暗がりの中にいて、曖昧に微笑みを浮かべている。
”気に入っている””おもろいと思っている”
そういう言葉をくれた。
種類は分からないけど彼の特別な場所を私が貰ったのだと思っていた。思いたかった。
それ以上のことを尋ねようとすると、ふっと暗闇に消えてしまう。私だけを残して。残された私はますますカラスバさんに囚われて動けなくなる。私はいつもそこで、変わらない現実に戻る。ただの、仕事相手の一人として────
今日も険しい顔付きで「用事」と「依頼」を簡潔に言い渡される。
それ以上聞くことは叶わず事務所を追い出される。
カラスバさんが、たまに私に向けてきたあの優しげな表情の意味はなんだったんですか?
それを本人に聞いてしまうと逃げられそうで怖いから、私はどこにも行けずにいる。
仕事相手の一人としてできることをしていれば、少なくとも同じ方向へ向かって進んではいける。
誤魔化しではあったけどそう思って彼らからの依頼を受けるしかなかった。
萎んでしまった元気を膨らませる方法もなく、私はガイやコルニさんと共に事務所を後にした。
カラスバさんの険しい顔つきは、最後まで変わらない。
2•·················•·················•
セイカさんから、はあ、と溜息が聞こえた。思わず目が彼女へと向いた。
「作業してるとこなのにごめんね」
目が合ったボクにセイカさんが謝る。
「別にかまわないですよ」
客の途絶えがちなホテルの静かなロビーに二人の会話が響く。実は人の気配が恋しくてわざわざロビーに出てきて裁縫をしているから、誰かの気配がすることも、話しかけられることも織り込み済みだ。
「これくらいで集中切れたりしません」
「そっか…ありがと…」
セイカさんは溜息をつくと前より萎れてソファに沈みこんだ。このままじゃ、ゴクリンみたいに潰れてしまいそうだ。どうにも心配になってくる。
「ピュールはさあ」
気怠げな息を吐いたセイカさんがボクに問いかける。
「カナリィさんが疲れた顔してたりしんどそうだったら心配になる?」
それは。
ちょっとだけ時間が必要な問いだ。
普段からファンとして考えているような事だから、頭に浮かぶ色んな言葉を整理するだけでいいのだが。一瞬のうちに色々なテキストが頭に浮かんで、適切な言葉選びのためにボクはすこしのあいだ黙った。そして、ひとたび口を開けば止まらなかった。
「配信続きで疲れて言葉が荒くなる彼女を見る事も珍しくないですが、そういうのもカナリィさんの味ですし…」
「そうかあ、理解があるねえ……」
「本当に不調だとしていち視聴者が口を出す領域ではないですし……プロとしての彼女を信頼して、変わらず応援するだけです」
「ファンの鑑だねえ…」
セイカさんはずるずると姿勢を崩し、ソファと一体化する寸前だった。
「好きな人なら、どんな表情でも愛しいと思うものなんだねえ…」
推しとの距離に悩んでいるのか?
私生活に干渉したいと思うような推しとの向き合い方は……、と釘を刺そうとしたところで、セイカさんが指先で毛先を弄り始めた。
そのまま目を伏せて、またため息をつく。
「ピュールみたいな距離感が長く好きでいるコツなのかなあ」
えーと…
さっきまで饒舌に、油を差したばかりのように動いていた舌がもつれた。
これは推しの話ではなくてセイカさんの好きな人の話だったりする?
萎れたセイカさんの様子からはそういう悩みが見て取れる。小さなあどけない少女の顔に、ボクより少し年上の年頃の女性らしい色が乗って、思わずギクリとする。
言葉が出てこない。
ボクはそういう「リアルなもの」へ苦手意識が強かった。だから推しを大事にしたい思いが人一倍強い。
仲間としては一歩踏み込んで彼女の悩みを聞いてあげたい。だけど恋の話はボクの得意分野じゃなかった。
ガイやデウロでは駄目なんだろうか。
ガイは前向きに励ますのが上手だし、デウロは察しも良いし、現実的な解決方法を示すことに長けている。ボクに話すくらいだから、そこまで深刻な悩みではないんだろうか──
通りからヤヤコマたちの囀りが聴こえてくるくらい、ボクたち二人は黙り込んだ。
ロビーに、沈黙が満ちる。ボクの口は重たかった。
そこへドアが開いて第三者が入ってきた。セイカさんを制してボクは慌てて立ち上がる。
苦手な場面から逃げ出す為に、ロビーに現れた配達員の元に逃げたボクは、更に困った事になる。
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