花の堰(カラ主/ユカ主)
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難しい顔で私を見つめるカラスバさんが、天を仰いだ。
あ。諦めた。
だいぶ頑張ってくれてはいたが、ムードは無いし、意地になっているだけで苦しそうだったから…ほっとした。キスなんていつでもできる。そうでしょ?
カラスバさんは鼻の頭を掻きながらまだ腹に据えかねる様子でいる。
「今したところでアイツと比べられると思うと、腹が立つねんな…」
その話自分で掘り返すんだ、と思った。
比べるも何もさっきからカラスバさんは怪訝な顔で私を見つめていただけで何もできていない。
それに、カラスバさんのキスとユカリさんのキスは別物……だと思う。
カラスバさんは猛獣。よく抑制されている時には気高く、しなやか。仕事をする時に部下に見せる面は抑制的な部分で、カリスマで人を統率する。私に見せる面はすこし違う。抑制から放たれてひとたびハントへ繰り出し、四肢の筋肉がしなり、獲物を地面へひれ伏せるまで諦めない。一対一で追い詰めることを好みわざと逃げ道を残して楽しむような真似もして、ついて来いと導きながら、誘われるままダンスに興じているうちに気がつくと丸裸に剥かれ、守るものが取っ払われている。
狩ると決めた時以外はネコ科のような気まぐれさと瞬発力で私を翻弄するし、正直こんな厄介な人だと思っていなかった。この人の獲物に選ばれたらみんなそう思うのだろうか。それを知った時にはもう首元に牙がかかっていて、思考するための時間は尽きている。
私はたまたま彼の気まぐれで生かされているだけ。
ユカリさんのほうは。
もう一人の厄介なミアレの有名人を、私はよく知らない。知ろうとしていなかったから。
突然降って来た私を目の前にして、無防備に驚くときの顔に、見てはいけない物を見た気になった。
私よりずっと大人のお姉さんだと思ってた彼女が宝石のような瞳を揺らして私を見て息を止めた。映画の一コマのようにあの顔が頭を離れない。
男性の格好をしたときの姿に至っては完全にフィルムの向こう側の人間だった。あのすらっと伸びた手足と、別世界から漏れ出てくるような芳香。
そこから蜂の一刺しのように降ってきたキスは、カラスバさんとは違った刺激的な味がした。
異国の上等の菓子のような、深くて、忘れられない味わい。
「何をわろとんねん」
恋人の不機嫌な声で現実に戻ってくる。
「あ……ユカリさん、凄かったなって」
「は?それは『答え』か?」
「違う、ちがう。全然別物だよ。競うものじゃない」
「比べられるだけで、不愉快や…」
無茶を言う……
それきりカラスバさんはぷいっと顔を背けて拗ねてしまった。
カラスバさんも、こんな子どもっぽい仕草するんだ。
ソファの上で片膝に肘をつき、唇を尖らせる。カラスバさんの細い顎や大きな瞳も相まって、いつになく幼く感じられた。
ユカリさんが絡むと私に普段見せない棘のある面が現れるのは知ってたけど、ここまで分かりやすいと興をそそる。
正直、似た物同士だけど……相入れない部分があるんだろうな。
「ごめんね」
「オマエには怒っとらん。虫の居所が悪いだけ」
うん、それでもさ。
あなたがそんなだと、何とかしてあげたくなる。
カラスバさんの顔を両手で包み込み、黄金 色の瞳を見据えた。眼鏡から伸びるチェーンの装飾が腕に垂れる。二人の間を隔てるのは灰色のレンズだけだった。
「ガキ臭いなって思っとる?」
「ちょっとね」
ゆっくりと顔を近づけてカラスバさんの体温を額で感じる距離になった。
「ズルいわ……」
そう言って拗ねるように私を見てから、カラスバさんは目をきつく閉じた。どこか不器用で強情さのある強請り方。この頑固な人に応えてあげたい。
すぐそばに感じる唇にそっと自分の唇を寄せる。
カラスバさんの唇からじんわりと伝わってくる温度が、薄い皮膚越しに私の唇を温めた。しっくりとあるべき場所にふたつの唇が収まっていた。その多幸感に酔ってから、ゆっくりと顔を離した。
カラスバさんがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「セイカ、もういっぺんせえへん?」
そう言ってくるカラスバさんから、さっきまでの毒気は抜けてどこかへ消えていた。
「カラスバさん」
強請るように『再戦』を申し出る彼の顔を、再び包み込む。
可愛い人なんだよな。
「私とするキスってどんな感じですか?」
「もっぺんしてくれたら分かるかもなあ」
「いつもは何も感じないの?」
「夢中になってたら、よう分からんわ」
カラスバさんの軽口に乗せられて気分をよくした私は、そのまま再び彼に口付けた。
「ん…………」
カラスバさんの口から嘆息が漏れる。
私の体温もさっきより上がっていた。頬が上気して熱くなる。
しっとりと温かさに包まれた唇を、離してしまうのが惜しかった。離れているのが普段の状態なのに、てんで間違ったことをしている気になる。
「セイカ。やっぱり、分かれへん。もっとしていたいって思うだけや」
私もそう思う。
今度はカラスバさんが私の頬に手を添え、じっと見つめた。
私も。もっとしていたい。ふたりで同じことを感じていることが嬉しかった。
それを伝えるように静かに目を閉じた。
カラスバさんのキスが私に優しく触れるものから、息を奪うようなキスに変わるまでそう時間はかからなかった。
私は、狩られる悦びに身を任せ、冷たい地面に縫い付けられる心地のいい陶酔に沈んでいった。私の可愛い猛獣──
花の堰/end
あ。諦めた。
だいぶ頑張ってくれてはいたが、ムードは無いし、意地になっているだけで苦しそうだったから…ほっとした。キスなんていつでもできる。そうでしょ?
カラスバさんは鼻の頭を掻きながらまだ腹に据えかねる様子でいる。
「今したところでアイツと比べられると思うと、腹が立つねんな…」
その話自分で掘り返すんだ、と思った。
比べるも何もさっきからカラスバさんは怪訝な顔で私を見つめていただけで何もできていない。
それに、カラスバさんのキスとユカリさんのキスは別物……だと思う。
カラスバさんは猛獣。よく抑制されている時には気高く、しなやか。仕事をする時に部下に見せる面は抑制的な部分で、カリスマで人を統率する。私に見せる面はすこし違う。抑制から放たれてひとたびハントへ繰り出し、四肢の筋肉がしなり、獲物を地面へひれ伏せるまで諦めない。一対一で追い詰めることを好みわざと逃げ道を残して楽しむような真似もして、ついて来いと導きながら、誘われるままダンスに興じているうちに気がつくと丸裸に剥かれ、守るものが取っ払われている。
狩ると決めた時以外はネコ科のような気まぐれさと瞬発力で私を翻弄するし、正直こんな厄介な人だと思っていなかった。この人の獲物に選ばれたらみんなそう思うのだろうか。それを知った時にはもう首元に牙がかかっていて、思考するための時間は尽きている。
私はたまたま彼の気まぐれで生かされているだけ。
ユカリさんのほうは。
もう一人の厄介なミアレの有名人を、私はよく知らない。知ろうとしていなかったから。
突然降って来た私を目の前にして、無防備に驚くときの顔に、見てはいけない物を見た気になった。
私よりずっと大人のお姉さんだと思ってた彼女が宝石のような瞳を揺らして私を見て息を止めた。映画の一コマのようにあの顔が頭を離れない。
男性の格好をしたときの姿に至っては完全にフィルムの向こう側の人間だった。あのすらっと伸びた手足と、別世界から漏れ出てくるような芳香。
そこから蜂の一刺しのように降ってきたキスは、カラスバさんとは違った刺激的な味がした。
異国の上等の菓子のような、深くて、忘れられない味わい。
「何をわろとんねん」
恋人の不機嫌な声で現実に戻ってくる。
「あ……ユカリさん、凄かったなって」
「は?それは『答え』か?」
「違う、ちがう。全然別物だよ。競うものじゃない」
「比べられるだけで、不愉快や…」
無茶を言う……
それきりカラスバさんはぷいっと顔を背けて拗ねてしまった。
カラスバさんも、こんな子どもっぽい仕草するんだ。
ソファの上で片膝に肘をつき、唇を尖らせる。カラスバさんの細い顎や大きな瞳も相まって、いつになく幼く感じられた。
ユカリさんが絡むと私に普段見せない棘のある面が現れるのは知ってたけど、ここまで分かりやすいと興をそそる。
正直、似た物同士だけど……相入れない部分があるんだろうな。
「ごめんね」
「オマエには怒っとらん。虫の居所が悪いだけ」
うん、それでもさ。
あなたがそんなだと、何とかしてあげたくなる。
カラスバさんの顔を両手で包み込み、
「ガキ臭いなって思っとる?」
「ちょっとね」
ゆっくりと顔を近づけてカラスバさんの体温を額で感じる距離になった。
「ズルいわ……」
そう言って拗ねるように私を見てから、カラスバさんは目をきつく閉じた。どこか不器用で強情さのある強請り方。この頑固な人に応えてあげたい。
すぐそばに感じる唇にそっと自分の唇を寄せる。
カラスバさんの唇からじんわりと伝わってくる温度が、薄い皮膚越しに私の唇を温めた。しっくりとあるべき場所にふたつの唇が収まっていた。その多幸感に酔ってから、ゆっくりと顔を離した。
カラスバさんがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「セイカ、もういっぺんせえへん?」
そう言ってくるカラスバさんから、さっきまでの毒気は抜けてどこかへ消えていた。
「カラスバさん」
強請るように『再戦』を申し出る彼の顔を、再び包み込む。
可愛い人なんだよな。
「私とするキスってどんな感じですか?」
「もっぺんしてくれたら分かるかもなあ」
「いつもは何も感じないの?」
「夢中になってたら、よう分からんわ」
カラスバさんの軽口に乗せられて気分をよくした私は、そのまま再び彼に口付けた。
「ん…………」
カラスバさんの口から嘆息が漏れる。
私の体温もさっきより上がっていた。頬が上気して熱くなる。
しっとりと温かさに包まれた唇を、離してしまうのが惜しかった。離れているのが普段の状態なのに、てんで間違ったことをしている気になる。
「セイカ。やっぱり、分かれへん。もっとしていたいって思うだけや」
私もそう思う。
今度はカラスバさんが私の頬に手を添え、じっと見つめた。
私も。もっとしていたい。ふたりで同じことを感じていることが嬉しかった。
それを伝えるように静かに目を閉じた。
カラスバさんのキスが私に優しく触れるものから、息を奪うようなキスに変わるまでそう時間はかからなかった。
私は、狩られる悦びに身を任せ、冷たい地面に縫い付けられる心地のいい陶酔に沈んでいった。私の可愛い猛獣──
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