書を捨て、コートへ出よう
結局保健室で休んだのは15分ほど。体育館に戻ると、今度は女子バレー戦が始まっていた。緑(元女バレキャプテン・引退済)率いるチーム3Dは序盤は苦戦しているよう。雛姫をフォローしながらフォーメーションを組んでいるようだ。
「きっと日下君心配してるから、行ってあげな」という久々留の言葉に甘えて、私は万里の姿を探す。ギャラリーの端にその姿を認めて、小走りに舞台袖から階段を駆け登った。
万里はすぐにこちらに気づいて手を振ってくれる。それほど人は多くない。塊をいくつか避けながら歩いてその隣に並んだ。
「もう大丈夫?」自分の鼻先を指でつついて示す。
うん、と頷く。
「試合、勝った?」
「トーゼン。次は決勝」
万里の肩越しに天野君と真の姿が見えた。すっかりヒートアップしているようで、2人とも身を乗り出すようにして叫んでる。ギャラリーからコートを見下ろすと、雛姫が転びながらボールに向かって行く姿が見えた。
「すごい、雛姫頑張ってる」
「な。以前の彼女からは考えらんないね。おかげでこっちはこの有様よ」
親指で隣の2人を指し示す。頑張れつっこめと大声で応援してる。なんだかすごく可愛らしく思えて、私はそっと笑った。少しだけ万里に身を寄せて声を潜めると、彼は応えるように耳を私に近づけた。
「ね、天野君ってさ、雛姫のこと、好き?」
にやりと万里はいやらしい顔で笑う。
「わかりやすいだろ?佐々木と揉めたのもそんなところよ」
「佐々木君こそわかりやすいからねぇ」
「可愛いもんだよなー。一緒に球っころ追っかけてたらいつの間にか仲直りしちゃってたよ」男の子のそういうところ、良いよね。
「あら、余裕の発言ですね。随分上からじゃありませんかー?」
「そりゃあ俺にはもう世にも可愛い恋人がいますから」
言って余裕たっぷりに笑う。全く厚顔無恥とはこのことだ。私は万里を軽く睨んで、ギャラリーの柵に腕と顎を乗せた。歓声や声援で騒々しい。よっぽど耳を澄ませていない限り、私たちの会話は周囲に聞こえないだろう。至近距離の2人に至っては、まだ私がいることにすら気づいていないかもしれない。
「久々留にバレちゃった」
「ああ…ちょっとさっきのはまずかったな。ごめん、俺動揺しちゃって…。そもそもククルちゃんには疑われてたっぽいしなー」
万里は前髪をかきあげてため息をついた。
「いいの。さっき、ありがとう。Tシャツ、汚しちゃってごめんね」
彼のTシャツについた血はもう乾いていて、茶色く変色している。その裾を引っ張ると、一瞬だけ手を握ってくれた。
急に万里が好きでたまらない気持ちが溢れ出してしまう。同じクラスになってから、毎日側で顔を見られる時間が増えた分、学校でもこうやって気持ちのコントロールが効かなくなる時があって、困ってしまう。首にかじりついてキスしたい衝動に駆られる。私って、もしかして性欲強いんじゃないだろうか。男子ってこんな気持ちなのかな?恥ずかしい気持ちと、万里に触りたくて仕方ない気持ちが混ざり合ってぐるぐるする。自分を落ち着かせたくて深呼吸してから彼の顔を見上げると、こちらをじっと見下ろしていた。
「またそんなエロい顔するー。生理終わったらいーっぱいしてあげるから、今日は我慢して?」
私はパッと自分の頰を両手で押さえた。
「…私、そんなひどい顔してる?」
万里はくす、と笑って、内緒話をするように、私の耳元に唇を寄せた。
「すんごいそそられる。その顔、他の男に見せちゃダメだよ?」
あー、キスしてぇ…てゆーかえっちしてぇ…と零すように言って、万里は柵に突っ伏すようにもたれかかった。私は我に返ってその左足を蹴っ飛ばした。いてー!と言いながら万里は笑う。
「あ!上がった!」
コートでは雛姫の受けたボールが遂に空に舞い上がる。私たちも思わずギャラリーから身を乗り出した。藍ちゃんがそのままボールを掬うようにクイックを上げると、緑が相手コートに叩き込んだ。試合は終了。緑が雛姫に抱きつくのに続いて、チーム3Dが団子になるのが見えた。
天野君と真がぎゃあぎゃあと拍手しながら騒ぐ。それを眺めながら、万里はため息をついた。
「もうひとりわかりやすいのがいるけど、ちっと可哀想かな…」
嬉しそうに飛び跳ねる2人を見て、私にもその言葉の真意が伝わった気がした。うまく行かないね。
私は万里に笑いかけてから、その背中を周って、興奮して飛び跳ねてる真の腕を掴んだ。
「おっ、モリズミ?」
「真、雛姫のとこ、行こう!」
そう言って、彼女を引っ張って駆け出した。すぐに一緒に走り出してくれる。
関係も、気持ちもどんどん変わる。良い方にも、悪い方にも。でもね、大丈夫なものもある。ちゃんとね。
男の子の友情は熱くて単純で可愛い。
女の子の友情だって捨てたもんじゃないよ、ちょっとデリケートだけどうんと尊い。
ずっとみんな、仲良くいられたら良いね。
3D女子集団に勢いよく混ざって、みんなで雛姫をもみくちゃにする。強くなった彼女をたくさん褒めてあげたい。そう思ってぎゅっと、抱きついた。
「きっと日下君心配してるから、行ってあげな」という久々留の言葉に甘えて、私は万里の姿を探す。ギャラリーの端にその姿を認めて、小走りに舞台袖から階段を駆け登った。
万里はすぐにこちらに気づいて手を振ってくれる。それほど人は多くない。塊をいくつか避けながら歩いてその隣に並んだ。
「もう大丈夫?」自分の鼻先を指でつついて示す。
うん、と頷く。
「試合、勝った?」
「トーゼン。次は決勝」
万里の肩越しに天野君と真の姿が見えた。すっかりヒートアップしているようで、2人とも身を乗り出すようにして叫んでる。ギャラリーからコートを見下ろすと、雛姫が転びながらボールに向かって行く姿が見えた。
「すごい、雛姫頑張ってる」
「な。以前の彼女からは考えらんないね。おかげでこっちはこの有様よ」
親指で隣の2人を指し示す。頑張れつっこめと大声で応援してる。なんだかすごく可愛らしく思えて、私はそっと笑った。少しだけ万里に身を寄せて声を潜めると、彼は応えるように耳を私に近づけた。
「ね、天野君ってさ、雛姫のこと、好き?」
にやりと万里はいやらしい顔で笑う。
「わかりやすいだろ?佐々木と揉めたのもそんなところよ」
「佐々木君こそわかりやすいからねぇ」
「可愛いもんだよなー。一緒に球っころ追っかけてたらいつの間にか仲直りしちゃってたよ」男の子のそういうところ、良いよね。
「あら、余裕の発言ですね。随分上からじゃありませんかー?」
「そりゃあ俺にはもう世にも可愛い恋人がいますから」
言って余裕たっぷりに笑う。全く厚顔無恥とはこのことだ。私は万里を軽く睨んで、ギャラリーの柵に腕と顎を乗せた。歓声や声援で騒々しい。よっぽど耳を澄ませていない限り、私たちの会話は周囲に聞こえないだろう。至近距離の2人に至っては、まだ私がいることにすら気づいていないかもしれない。
「久々留にバレちゃった」
「ああ…ちょっとさっきのはまずかったな。ごめん、俺動揺しちゃって…。そもそもククルちゃんには疑われてたっぽいしなー」
万里は前髪をかきあげてため息をついた。
「いいの。さっき、ありがとう。Tシャツ、汚しちゃってごめんね」
彼のTシャツについた血はもう乾いていて、茶色く変色している。その裾を引っ張ると、一瞬だけ手を握ってくれた。
急に万里が好きでたまらない気持ちが溢れ出してしまう。同じクラスになってから、毎日側で顔を見られる時間が増えた分、学校でもこうやって気持ちのコントロールが効かなくなる時があって、困ってしまう。首にかじりついてキスしたい衝動に駆られる。私って、もしかして性欲強いんじゃないだろうか。男子ってこんな気持ちなのかな?恥ずかしい気持ちと、万里に触りたくて仕方ない気持ちが混ざり合ってぐるぐるする。自分を落ち着かせたくて深呼吸してから彼の顔を見上げると、こちらをじっと見下ろしていた。
「またそんなエロい顔するー。生理終わったらいーっぱいしてあげるから、今日は我慢して?」
私はパッと自分の頰を両手で押さえた。
「…私、そんなひどい顔してる?」
万里はくす、と笑って、内緒話をするように、私の耳元に唇を寄せた。
「すんごいそそられる。その顔、他の男に見せちゃダメだよ?」
あー、キスしてぇ…てゆーかえっちしてぇ…と零すように言って、万里は柵に突っ伏すようにもたれかかった。私は我に返ってその左足を蹴っ飛ばした。いてー!と言いながら万里は笑う。
「あ!上がった!」
コートでは雛姫の受けたボールが遂に空に舞い上がる。私たちも思わずギャラリーから身を乗り出した。藍ちゃんがそのままボールを掬うようにクイックを上げると、緑が相手コートに叩き込んだ。試合は終了。緑が雛姫に抱きつくのに続いて、チーム3Dが団子になるのが見えた。
天野君と真がぎゃあぎゃあと拍手しながら騒ぐ。それを眺めながら、万里はため息をついた。
「もうひとりわかりやすいのがいるけど、ちっと可哀想かな…」
嬉しそうに飛び跳ねる2人を見て、私にもその言葉の真意が伝わった気がした。うまく行かないね。
私は万里に笑いかけてから、その背中を周って、興奮して飛び跳ねてる真の腕を掴んだ。
「おっ、モリズミ?」
「真、雛姫のとこ、行こう!」
そう言って、彼女を引っ張って駆け出した。すぐに一緒に走り出してくれる。
関係も、気持ちもどんどん変わる。良い方にも、悪い方にも。でもね、大丈夫なものもある。ちゃんとね。
男の子の友情は熱くて単純で可愛い。
女の子の友情だって捨てたもんじゃないよ、ちょっとデリケートだけどうんと尊い。
ずっとみんな、仲良くいられたら良いね。
3D女子集団に勢いよく混ざって、みんなで雛姫をもみくちゃにする。強くなった彼女をたくさん褒めてあげたい。そう思ってぎゅっと、抱きついた。
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