流れよ我が涙、と彼女は言った

『鬼電が過ぎる』
突然繋がった電話に、私自身がびっくりして無言になってしまった。アリスの失踪を知ってから3日目の夜のことだ。毎日毎日空いた時間に電話をかけ続けた。メッセージも送りまくった。結果が出たということだ。
『あんたさあ、物理で殴ればなんとかなると思ってるとこあるよね…意外と野蛮というか…』
まだ声は出ない。自室にこもって、ルームウェアで、ベッドの上に座ってミニオンを抱えてる。アリスに電話をかけまくることに集中し過ぎて、万里から来ているLINEも未読のままだ。
『…夜子?だよね?』あまりに無言なので不審に思ったらしい。声に警戒の色が滲んでいる。
「アリス今どこにいるの?」
やっと出た声が完全に涙声で、同時に涙も溢れてしまって、自分でもなんで泣いてるのかよくわからない。
『やだー泣かないでよ…教えるわけないでしょー』
「庭野さんといるの?」
『うーんノーコメント…いや、無意味か。そーだよん』
「無事なの?」
『当たり前でしょ。どーせ全部最初からバレてるんでしょ?』
う、うん…と私は思わず曖昧に返した。アリスは、うはは、と笑う。
『そーだよー。私があいつを無理矢理引っ張り出したの。まぁ、誰でもそう思うよね』
「…いつからなの?」
『結構前からだよ。私が中3の時が最初かな。死ぬほど立場利用して、脅してさ、抱かせたの。それからずーっと、そう。ごめんね、言わなくて』
小さなため息が聞こえた気がした。
「…ごめん、気が付かなくて…」一度気が緩んだらもう涙が止まらなかった。諦めて泣きながら話す。
『一応隠してましたからね。なんであんたが謝るの』
「だって…万里は知ってたみたいなんだもん…。私だってちゃんと気付いてたら、もっとたくさん話聞いてあげられたのに…」
やーね、とアリスは笑う。
『万里ってほんとやらしい男よね。よーくねちーっと見てるもんねぇ人のこと。でも、栄達は知らなかったでしょ?』
「うん…すごく心配してたよ」
そう、とアリスが神妙に言うのを聞きながら、私は堪えきれずに笑い出してしまった。
『えっちょっとなんで笑ってんの?』
笑いながら、私はベッドに寝っ転がった。抱きしめていたミニオンがへたりと床に転がり落ちる。
「だってさぁ…アリスってほんと万里に辛いよねぇ…ねっ、“ねちー”って…」
アリスも電話口で笑い出した。
『だってそうじゃん!あいつほんっとねちこい!』
「スマートそうにしてるけどねー!」
ねー!と笑い合う。ああ、生身のアリスに会いたい。会ってこうやって馬鹿みたいな話して笑って、恋人の悪口言い合って、いつもみたいに朝までおしゃべりしたい。私は笑いながらまた泣いた。
「ねぇ、もう会えないの?」
泣き笑いしながら言った。
『…ううん、会えるよ。もうすぐね』
だから安心して。その言葉を最後に通話はぷつんと切れた。
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