愛を乞うひと
「さあっすが、優等生さんは休まないなぁ」
陸橋の下で久我城を捕捉する。
一昨日夜子が襲われて、昨日は平と堀田だ。こいつもしかして暇なんじゃなかろうか。
平と堀田の仕返しに来たのか、と久我城は言った。こいつは他人の裏切りに翻弄されるが故か、信頼関係のようなものに強烈に憧れているのかも知れない。
平のダメージは相当のようだったけど、ちゃんと甘えてきて、大泣きして、ぐっすり眠っていた。大概タフな奴だし、あとは本人に任せるしかないだろう。
弱い者の道理と強い者の道理は決して相容れない。平は「強者」だ。そして、久我城の本質は「弱者」。それもちゃんとわかっているようだった。これは俺がとやかく言うことでも、モンペよろしく久我城との間に出しゃばることでもない。俺は俺で、あくまで俺の用事で奴に会いたかっただけだ。
決して嫌いなタイプというわけではないのだ。でも久我城はいささか弱すぎる。心の弱い者が腕力や権力を持つと、タガが外れた時に惨事になりやすい。奴は全くの臆病者だ。そして他人に傷つけられるくせに、懲りずに期待する。もしかしたら純粋すぎるのかも知れない。
臆病者の論理をつらつらと並べる久我城には、流石の俺も同情を禁じ得ない。
『“助けて”って言われてるみたいだった』
夜子はそう言った。夜子だって大概お人好しなんだ。普段、自分を見くびる他人には手厳しい態度を取るくせに、一度そいつに同情してしまうと、急に境界線が曖昧になる。
助けて
助けて
淋しい
苦しい
俺に背を向けて喋る久我城は、それでもやっぱり、そう叫んでいるように思えた。
「まあ俺も平も言わねえから、信用しててみな」
期待を裏切らない人間がいてさえすれば。
それに俺たちは足り得るだろうか。
そのまま立ち去ろうとする久我城を、俺は呼び止める。
さて、ここからは超個人的な別件だ。
俺は久我城の前に回り込んだ。不思議そうな顔をする。改めてはらわたが煮え繰り返りそうになる。
胸ぐらを掴んで引き寄せると、完全に油断していたのか、全く抵抗なく、奴の身体はこちらへ傾いた。
そのまま拳を腹に叩き込む。前方に折れ曲がるみぞおちに膝蹴りを2回。地面に叩き落として、堀田に傷つけられた左手を踏んだ。
「これは別件だよ」
冷たく言い放つと、久我城は腹を押さえて、痛みに耐えるように丸くなった。森住さんか、と呻く。
「何されたかは聞いてない。言いたがらない。でも男に触られるのを嫌がる…何があったかは大体想像できんだろ」
久我城はいてて、と言いながら身を起こした。地面に座り込んで、ため息をつく。
「…悪かったよ。やり過ぎた」
「謝るなら夜子に…いや、いいや。もう金輪際絶対近付くな。大体謝って済む問題じゃねぇよ。お前は夜子を陵辱したんだ」
久我城は俯いたまま、ぴくりとも動かない。
「夜子『も』誰にも言わねぇよ。お前が可哀想なんだってさ」
もう少し痛めつけてやりたかったけど、やめておくことにした。夜子が知ったら泣くだけだ。
俺は踵を返した。学校を休んだ平が気になるし、その前に夜子の所に寄って、顔を見ておきたい。昨夜深夜にLINEしたらすぐに返事が来て、『眠れない』と言っていた。今日も普通に学校に来てたけど、顔色が悪くて、あまり食欲もないようだから心配なのだ。
「…あの子は強いんだな」
振り向くと、久我城はまだ座り込んだままだ。
「絶対に泣かなかった。華奢で、綺麗で、なんか尊い気がして、憧れてたんだ。思った通りの人だったよ。俺は…ひどいことを言った。『ごめん』って、伝えておいてくれないか」
「…了解」
西日がきつくなってきた。一向に動かないままの久我城を残して、俺はその場を立ち去った。
正しい答えがどれかなんて、俺にもわからない。
陸橋の下で久我城を捕捉する。
一昨日夜子が襲われて、昨日は平と堀田だ。こいつもしかして暇なんじゃなかろうか。
平と堀田の仕返しに来たのか、と久我城は言った。こいつは他人の裏切りに翻弄されるが故か、信頼関係のようなものに強烈に憧れているのかも知れない。
平のダメージは相当のようだったけど、ちゃんと甘えてきて、大泣きして、ぐっすり眠っていた。大概タフな奴だし、あとは本人に任せるしかないだろう。
弱い者の道理と強い者の道理は決して相容れない。平は「強者」だ。そして、久我城の本質は「弱者」。それもちゃんとわかっているようだった。これは俺がとやかく言うことでも、モンペよろしく久我城との間に出しゃばることでもない。俺は俺で、あくまで俺の用事で奴に会いたかっただけだ。
決して嫌いなタイプというわけではないのだ。でも久我城はいささか弱すぎる。心の弱い者が腕力や権力を持つと、タガが外れた時に惨事になりやすい。奴は全くの臆病者だ。そして他人に傷つけられるくせに、懲りずに期待する。もしかしたら純粋すぎるのかも知れない。
臆病者の論理をつらつらと並べる久我城には、流石の俺も同情を禁じ得ない。
『“助けて”って言われてるみたいだった』
夜子はそう言った。夜子だって大概お人好しなんだ。普段、自分を見くびる他人には手厳しい態度を取るくせに、一度そいつに同情してしまうと、急に境界線が曖昧になる。
助けて
助けて
淋しい
苦しい
俺に背を向けて喋る久我城は、それでもやっぱり、そう叫んでいるように思えた。
「まあ俺も平も言わねえから、信用しててみな」
期待を裏切らない人間がいてさえすれば。
それに俺たちは足り得るだろうか。
そのまま立ち去ろうとする久我城を、俺は呼び止める。
さて、ここからは超個人的な別件だ。
俺は久我城の前に回り込んだ。不思議そうな顔をする。改めてはらわたが煮え繰り返りそうになる。
胸ぐらを掴んで引き寄せると、完全に油断していたのか、全く抵抗なく、奴の身体はこちらへ傾いた。
そのまま拳を腹に叩き込む。前方に折れ曲がるみぞおちに膝蹴りを2回。地面に叩き落として、堀田に傷つけられた左手を踏んだ。
「これは別件だよ」
冷たく言い放つと、久我城は腹を押さえて、痛みに耐えるように丸くなった。森住さんか、と呻く。
「何されたかは聞いてない。言いたがらない。でも男に触られるのを嫌がる…何があったかは大体想像できんだろ」
久我城はいてて、と言いながら身を起こした。地面に座り込んで、ため息をつく。
「…悪かったよ。やり過ぎた」
「謝るなら夜子に…いや、いいや。もう金輪際絶対近付くな。大体謝って済む問題じゃねぇよ。お前は夜子を陵辱したんだ」
久我城は俯いたまま、ぴくりとも動かない。
「夜子『も』誰にも言わねぇよ。お前が可哀想なんだってさ」
もう少し痛めつけてやりたかったけど、やめておくことにした。夜子が知ったら泣くだけだ。
俺は踵を返した。学校を休んだ平が気になるし、その前に夜子の所に寄って、顔を見ておきたい。昨夜深夜にLINEしたらすぐに返事が来て、『眠れない』と言っていた。今日も普通に学校に来てたけど、顔色が悪くて、あまり食欲もないようだから心配なのだ。
「…あの子は強いんだな」
振り向くと、久我城はまだ座り込んだままだ。
「絶対に泣かなかった。華奢で、綺麗で、なんか尊い気がして、憧れてたんだ。思った通りの人だったよ。俺は…ひどいことを言った。『ごめん』って、伝えておいてくれないか」
「…了解」
西日がきつくなってきた。一向に動かないままの久我城を残して、俺はその場を立ち去った。
正しい答えがどれかなんて、俺にもわからない。