感嘆符なしでは語れない
「それで喧嘩したわけ?」
呆れたように言って、アリスはアイスチャイをストローでくるりとかき回した。
「喧嘩したわけじゃないよ。確かにちょっと意地悪言っちゃったんだけど、私は気にしてないもん。でも思ったより万里がへこんでてなんか気まずいって言うか…」
私はホットチャイの湯気を吹き飛ばしながら口をつける。スパイスの香りが鼻腔をくすぐった。
「あいつ結構面倒臭い男ねー」
「うーん…」
万里が唯一ピアノで弾けると言った『きらきら星変奏曲』。普通にピアノ教室に通っている分には、小学校低学年では課題にならない曲だ。どうせ昔遊んだ女に教えてもらったんだろうと思って突っ込んだら図星だったみたいで、それ以来彼はちょっと落ち込んでいる。
正直ちょっと気に障った。ああ、その女と寝たんだろうな、と思った。でも付き合う前のことだ。私はそんなに気にしてないのにまさか万里がそんなにへこむなんて。この1週間は栄華ちゃんの演奏指導で忙しくしていて、学校でしか会ってない。毎日LINEはしてるし、教室では当たり障りない話をしたりしているけど、なんだかちょっとぎくしゃくしているのだ。
「もっと前に似たようなことで大喧嘩したんだよね。でもそれ以来もう昔のことは気にしないことにしようって約束したんだけど…」
「おのれの下半身の緩さを猛省してんでしょ。ほっときなよ」
み、身も蓋もない。
「よく考えたら私が悪いんだよね…そんなの無視しとけばよかった。約束したのに」
はー、と私はテーブルにほっぺたをくっつけた。
「そんなこと言ったら迂闊なことするあいつが悪いんじゃん。元カノにもらったプレゼントを今カノの目の前で使うようなもんでしょそれって。しかも元カノでさえない。元セフレ。最悪」
あまりに忌々しそうな声音に、思わず私がアリスの肩を叩いてしまった。どうどう。
「そう言えば栄華も毒牙にかけてんのよねあいつ!この間言われたわよ『わたくし結婚します』ってさぁ」
思わず私は笑い声をあげた。あの万里の弱り切った顔を思い出してしまったからだ。栄華ちゃんはなかなかパワーがある女の子だ。ほんの1週間の付き合いだけれど、毎日の練習もよく頑張っているし、おしゃべりも楽しくて、本当に可愛くて仕方ない。花島田君もアリスも、とても可愛がってるみたいだ。
「あれは栄華ちゃんの一目惚れらしいから…」
「惚れさせんなって話よ」
そんな無茶な、と私はまた笑う。アリスはとことん万里に辛い。最初に楽屋に万里を引っ張って来たのはアリスだったのにな、と思い出してまた笑えてきた。あれがなければ、私と万里は今もただのクラスメイトだったかもしれない。
「…ありがと、アリス」
言うと、アリスは怪訝な顔をした。
「何よ急に…何が?」
「愚痴聞いてくれて。明日、栄華ちゃんのレッスンの後、花島田君ちに迎えに来てくれるらしいから、ちゃんと言うよ『メソメソすんな!』って」
アリスはにっこりと笑った。ガーベラみたいな笑顔。じめじめしてたってしょうがない。意地悪言ったことは謝って、ちょっと嫉妬したことも正直に告白して、『私だけ好きでいて』ともう一度、何度でも言おう。
私たちはそれぞれにお茶を飲み干すと、席を立った。土曜の昼下がり、私たちの滞在していたコーヒーショップの前には行列が出来ている。紙コップを捨てて、人混みをすり抜けるようにして自動ドアをくぐった。
「私コート欲しいんだ、付き合って」
長い髪を揺らしながらそう言うアリスの隣に並んだ。とりあえず駅ビルに行こうか、気に入ったのがなかったら渋谷まで出ようよ、と話しながら歩く。
万里は今頃何してるかな。
呆れたように言って、アリスはアイスチャイをストローでくるりとかき回した。
「喧嘩したわけじゃないよ。確かにちょっと意地悪言っちゃったんだけど、私は気にしてないもん。でも思ったより万里がへこんでてなんか気まずいって言うか…」
私はホットチャイの湯気を吹き飛ばしながら口をつける。スパイスの香りが鼻腔をくすぐった。
「あいつ結構面倒臭い男ねー」
「うーん…」
万里が唯一ピアノで弾けると言った『きらきら星変奏曲』。普通にピアノ教室に通っている分には、小学校低学年では課題にならない曲だ。どうせ昔遊んだ女に教えてもらったんだろうと思って突っ込んだら図星だったみたいで、それ以来彼はちょっと落ち込んでいる。
正直ちょっと気に障った。ああ、その女と寝たんだろうな、と思った。でも付き合う前のことだ。私はそんなに気にしてないのにまさか万里がそんなにへこむなんて。この1週間は栄華ちゃんの演奏指導で忙しくしていて、学校でしか会ってない。毎日LINEはしてるし、教室では当たり障りない話をしたりしているけど、なんだかちょっとぎくしゃくしているのだ。
「もっと前に似たようなことで大喧嘩したんだよね。でもそれ以来もう昔のことは気にしないことにしようって約束したんだけど…」
「おのれの下半身の緩さを猛省してんでしょ。ほっときなよ」
み、身も蓋もない。
「よく考えたら私が悪いんだよね…そんなの無視しとけばよかった。約束したのに」
はー、と私はテーブルにほっぺたをくっつけた。
「そんなこと言ったら迂闊なことするあいつが悪いんじゃん。元カノにもらったプレゼントを今カノの目の前で使うようなもんでしょそれって。しかも元カノでさえない。元セフレ。最悪」
あまりに忌々しそうな声音に、思わず私がアリスの肩を叩いてしまった。どうどう。
「そう言えば栄華も毒牙にかけてんのよねあいつ!この間言われたわよ『わたくし結婚します』ってさぁ」
思わず私は笑い声をあげた。あの万里の弱り切った顔を思い出してしまったからだ。栄華ちゃんはなかなかパワーがある女の子だ。ほんの1週間の付き合いだけれど、毎日の練習もよく頑張っているし、おしゃべりも楽しくて、本当に可愛くて仕方ない。花島田君もアリスも、とても可愛がってるみたいだ。
「あれは栄華ちゃんの一目惚れらしいから…」
「惚れさせんなって話よ」
そんな無茶な、と私はまた笑う。アリスはとことん万里に辛い。最初に楽屋に万里を引っ張って来たのはアリスだったのにな、と思い出してまた笑えてきた。あれがなければ、私と万里は今もただのクラスメイトだったかもしれない。
「…ありがと、アリス」
言うと、アリスは怪訝な顔をした。
「何よ急に…何が?」
「愚痴聞いてくれて。明日、栄華ちゃんのレッスンの後、花島田君ちに迎えに来てくれるらしいから、ちゃんと言うよ『メソメソすんな!』って」
アリスはにっこりと笑った。ガーベラみたいな笑顔。じめじめしてたってしょうがない。意地悪言ったことは謝って、ちょっと嫉妬したことも正直に告白して、『私だけ好きでいて』ともう一度、何度でも言おう。
私たちはそれぞれにお茶を飲み干すと、席を立った。土曜の昼下がり、私たちの滞在していたコーヒーショップの前には行列が出来ている。紙コップを捨てて、人混みをすり抜けるようにして自動ドアをくぐった。
「私コート欲しいんだ、付き合って」
長い髪を揺らしながらそう言うアリスの隣に並んだ。とりあえず駅ビルに行こうか、気に入ったのがなかったら渋谷まで出ようよ、と話しながら歩く。
万里は今頃何してるかな。