アンドロギュノスの行進

夕食を滞りなく終え、俺は母ちゃんに外出の許可を求めた。日曜日のこの時間は、流石のワーカホリック様も在宅しているのだ。
だめ。勉強して寝ろ、と受験生の母らしいことをぬかす母ちゃんに、「夜子と喧嘩した。俺が悪いから、直接会ってフォローしたい。2時間で帰ってくる」と頼み込んだら、先方の保護者から訪問の許可が出ればよし、と送り出してくれた。
夜子にLINEしたけれど返事がない。既読もつかない。怒っているのか寝ているのか。一応、突然訪問はしないと俺の中で決めているので、あの家で1番恐ろしい清瀬さんにLINEを送ったら、今日はケンジさんが在宅しているはずだと教えてくれた。ケンジさんからは訪問OKの返事。夜子はなんだか疲れて帰ってきて、多分部屋で倒れているとのこと。怒りに任せてククルちゃんとカラオケにでも行ったのかな、と想像しながら自転車を走らせた。

チャイムを鳴らすと、この家の誰もがそうするように、門扉と玄関のセキュリティが無言で解除される。家に入るとケンジさんが玄関に立っていた。
「遅くにごめんなさい。夜子は?」
「居眠りしてんじゃない?風呂まだ入ってないみたいだから、起こしてもいいんだと思うよ」と言って、上を指差す。自室にいるということだ。
お邪魔しまーす、と靴を脱いで上がり框を踏むと、ケンジさんはにやにやと笑った。
「俺、一応地下スタジオにいるから。防音だから大丈夫だけど、仲直り的なセックスとかするなら気まずいんで手短にお願いしますね」
「保護者様が在宅の時にそんなことしませんし、そんな必要もございません」
相変わらず開けっぴろげな物言いだ。しかしこれはきっと俺への牽制だと捉えて、苦笑しながら応じると、ケンジさんはじゃあねえ、と機嫌よく手を振りながら階段を降りていった。俺はその姿を見送ってから、突き当たりのリビングのドアを開いて中へ入る。綺麗に片付けられたアイランドキッチンとダイニングを通り過ぎて、2階へと続く階段を上がった。
突き当たりの夜子の部屋のドアをノックする。返事がない。そっと開くと中は真っ暗だ。いきなり電気をつけて叩き起こすというのもなんなので、ドアは開けて階下の明かりを入れながら(だって見えないしね)、ベッドに近づいた。案の定、夜子は毛布もかけずにその上で丸くなっている。
夜子の頭の隣に腰掛けて、さらさらと髪を梳いた。それから顔を覗き込んで頰をつつく。夜子は一度寝てしまうとなかなか起きない。しかし意外にもぽかりと目を開いた。ごろりと顔を上に向けたけど、まだ寝ぼけているみたいで目の焦点がぼんやりとしている。
「…だれ?」
「俺」
うー、と目を擦りながら夜子は身を起こした。ふわふわのパステルカラーの部屋着。お揃いのふわふわのショートパンツから細い足がすらりと伸びている。触りたいなー、と思いつつ、我慢我慢。
「万里?」
ん、と俺は返事をして、夜子の肩を抱き寄せると眠そうなまぶたにキスをした。夜子はそのまま甘えるように俺の首に腕を巻きつけた。寝ぼけている時は結構素直にベタベタしてくれるので嬉しい。
「どうしたの?もしかしてLINEくれてた?」
「うん。起こしてごめんね」
んーん、と夜子は緩慢に首を振って、また目を擦った。枕元のスマホを取り上げて時間を確認する。うわ、結構寝てた、と顔をしかめた。
電気点けていい?と確認すると、夜子が首を縦に振ったので、俺は立ち上がって部屋の電気を点けた。ついでにドアを締めて、再びベッドに戻り、夜子の隣に腰掛ける。
「あのあと久々留とカラオケ3時間も歌ったから…」そりゃ大分発散したね。
「今日ごめん。嫌な思いしたね」
頰を撫でると、夜子は猫みたいに気持ち良さそうに目を細めた。
「なんで万里が謝るの? 助けに来てくれてありがとう」てゆーか一体あの人何?と、思い出し怒りを始める。目が覚めてきたみたいだな。
「あれはこないだ試合したツバメ中の奴でー…」
「それは久々留から聞いた」
「要するに平が好きなんだよ、あいつは」
「恋愛的にってこと?」
「性的には明らかに女の子が好きな奴なんだけどさ、初対面で平を女と勘違いしたまま一目惚れしたみたいで、ちょっと捩れが生じてるんだな…。男だってわかった後も一部認識がバグったまんまで、本人も混乱していらっしゃる様子なんですよ」
それであの態度だったのね、と夜子はむくれたまま納得する。
「じゃあ私は天野君の代わりなわけだ」
「そういうことになるかな」
「失礼な奴。蹴ってやって良かった」男としては震え上がってしまうけどね。
夜子が俺の鼻に自分の鼻を擦り合わせてくる。頰と唇を啄んでくれてから、綺麗な瞳でじっと見つめられる。音を立てて唇にキスを返すと、すごく色っぽく笑ってから、唇にかぶりついてきた。エロい。積極的に入ってくる薄い舌を丁寧に絡めとりながら、少し強く背中を抱いた。この8ヶ月で夜子はものすごくキスが上手くなった。気持ち良くてつい長くなってしまうのが常だ。喉の奥で鳴くような声を出す癖がとにかくエロいもんで、油断するとすぐに勃ちそう。うう、いかん。ケンジさんがいるんだぞ、と俺は自分に言い聞かせる。のに、夜子は俺の首に腕を回したまま、膝に跨るようにしてさらに身体をくっつけてくる。このおっぱいのぽよんぽよんがですねー、理性をごりごり削ってくるんですよねええええ。
理性が本能にいよいよ押し負けそうになって、俺は夜子のふわふわの部屋着の中に手を滑り込ませてしまう。薄い腹を掴むみたいにしながら腰を撫でると、夜子は唇を離して死ぬほどエロい視線で、「…してく?」と誘った。
うん!するする!と尻尾を振りそうになった時、突如脳裏にケンジさんの顔をが浮かんだ。反射的に夜子の両肩を掴んで、両腕をいっぱいに伸ばして引き剥がした。夜子は少しびっくりしたように、きょとんと俺の顔を見つめる。
「だめ!だめだめ!夜子、ケンジさんいるの忘れてるでしょ!」
あそっか、と夜子はあっさりモードを切り替えてしまった。うわー、女の子のこういうとこほんと罪だわー、どうしてくれんのー、と声にならない声を発してしまう。さらには、
「私、多分明日あたりから生理だから、しばらくお預けだね」
なんて可愛い笑顔で言われてしまった。もうほんと、どうしてくれんの。
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