アンドロギュノスの行進
「だーかーら!なんでお前は休みの日にそういう格好でうろうろうろうろしてんだよ!俺をこれ以上惑わせるな!!」
目の前の男ががなりたてる。先ほどから『天野』と私を呼んでいるので、多分天野君の(ひいては万里の)関係者なんだろう。今日の私の出で立ちは、ショートパンツにタイツとハイカットのスニーカー、大きめのスウェットにニットカーデ。男の子に見えるとはとても思えない。しかし、私を天野君と取り違えていることを差し引いても、言っていることがさっぱりわからない。しかも両の手首をガッチリと掴まれて逃げようがない。
「さっきから何度も言ってるけど、私は天野君じゃありません!」
負けずに怒鳴ると、くあー!と『タカオカ』(久々留が教えてくれた。過日のバスケ部の試合の相手だそうだ)は眉間にシワを寄せた。
「またそういう嘘を!今日はやけに頑固だなー!日下か?日下なんだな?あの意地悪ヤローお前をこんな風に使ってまで俺に嫌がらせを…つーか大体芸が細かすぎるんだよ!こないだはこんなもんつけてなかったじゃねーか!」
そう言って唐突に右の手首が解放される。そのままタカオカの手が私の胸に伸びた。まさか鷲掴みにするつもりか!
私は解放された右手をそのまま振りかぶる。顔には届かなそうだから、そのまま鳩尾を狙う。触らせるもんか。
「はい、そこまで」
私の渾身のパンチを受け止めた大きな手のひら。おそらく私の胸を鷲掴みにしようとしていたタカオカの左手首を同時に封じたのは、果たして万里だった。
「森住さんのパンチまじで痛いから勘弁してやって。トラちゃん、それ婦女暴行罪」
呑気な口調とは裏腹に、タカオカの左手首をかなりの力で締め上げているよう。いででででで馬鹿日下離せ折れる!とタカオカが叫んだ。その手首を解放して、万里は私をやんわり胸に抱き込んだ。どうどう、と背中を優しく叩かれる。
「『婦女』って…やっぱり出てきやがったな日下この野郎…あれ?」
タカオカは私と、私の隣に現れた天野君を交互に見比べて、ぱかりと口を開けた。
「…タカオカ何やってんのお前」
天野君が心底呆れたように言う。オーバーサイズのニットにハーフ丈のパンツ。ニットベレーが可愛い。彼の私服はいつもこんな感じなんだろうか?確かにこれは女の子に見えるかもしれない…。
「えっ、天野…?じゃあこれ、誰?」
私を不躾に指差し、顔を近づけてくる。引っ掻いてやろうと思ったけど、万里に動きを封じられてしまった。
「クラスメイトの森住。そんなに俺ら、似てる?」これも何回目だろ。やれやれ。
「似てるも何も、女装した天野じゃん…は?まじ?」
前髪が触れるほど顔を近づけられる。その顔面を掴むようにして、万里がタカオカを突き飛ばした。
「日下!いてぇよ!」
「だから鷹丘、初対面の女の子に馴れ馴れしすぎ。近い」
若干声が不機嫌だ。万里は私の肩を抱いたまま、タカオカに更にデコピンする。
「お前だってベタベタ触ってんじゃねーか!」
「俺はいいの!クラスメイト特権!」
ものすごい論理で威張る。しかしおかげで多少頭が冷えた。私は万里の腕を解いて身体を離す。代わりに天野君と腕を組んだ。あれ、天野君、少し背が伸びたんじゃないかな。
「似てるってよく言われますけど、他人です!」
比べてもらえるように顔を並べた。
一同がじっと私たちを見比べる。3人同時に、うーん、と首を傾げる。
「並ぶと間違えるほどは似てないよね…」
「まあ鷹丘は『女装した平』って思い込んでるからな…」
「そうか?そっくりじゃん…ああ、でもこっちのが大分いいな…」
そう言ってタカオカははっきりと私の胸に視線を送っている。何なんだこの失礼な男は!私はタカオカの視線から胸を隠そうと、身体の向きを変えた。うあ、と今度は天野君が声を上げる。
「も、もりずみみみみみ」
「どうしたの?」天野君は真っ赤になって固まっている。
「む、むむむむ胸、当たってる…」
うわ、ごめん!と私は彼の腕から離れて飛び退いた。今度は反対側にいた万里にぶつかってしまう。見上げると、不機嫌な顔。みんなに見えないように、左手をとんとん、とつつかれる。私はその親指をきゅっと一度だけ握った。
「とにかく、彼女は平じゃないよ。わかった?トラ…」
万里の問いかけが聞こえていないかのように、タカオカは「そうか、こっちが正解だったか…」と呟く。またしても唐突に私の両手を握って目の高さに上げた。
「俺と付き合ってください!」
私は最上級の笑顔を作ってから、右足を渾身の力で蹴り上げた。あとは推して知るべし。
目の前の男ががなりたてる。先ほどから『天野』と私を呼んでいるので、多分天野君の(ひいては万里の)関係者なんだろう。今日の私の出で立ちは、ショートパンツにタイツとハイカットのスニーカー、大きめのスウェットにニットカーデ。男の子に見えるとはとても思えない。しかし、私を天野君と取り違えていることを差し引いても、言っていることがさっぱりわからない。しかも両の手首をガッチリと掴まれて逃げようがない。
「さっきから何度も言ってるけど、私は天野君じゃありません!」
負けずに怒鳴ると、くあー!と『タカオカ』(久々留が教えてくれた。過日のバスケ部の試合の相手だそうだ)は眉間にシワを寄せた。
「またそういう嘘を!今日はやけに頑固だなー!日下か?日下なんだな?あの意地悪ヤローお前をこんな風に使ってまで俺に嫌がらせを…つーか大体芸が細かすぎるんだよ!こないだはこんなもんつけてなかったじゃねーか!」
そう言って唐突に右の手首が解放される。そのままタカオカの手が私の胸に伸びた。まさか鷲掴みにするつもりか!
私は解放された右手をそのまま振りかぶる。顔には届かなそうだから、そのまま鳩尾を狙う。触らせるもんか。
「はい、そこまで」
私の渾身のパンチを受け止めた大きな手のひら。おそらく私の胸を鷲掴みにしようとしていたタカオカの左手首を同時に封じたのは、果たして万里だった。
「森住さんのパンチまじで痛いから勘弁してやって。トラちゃん、それ婦女暴行罪」
呑気な口調とは裏腹に、タカオカの左手首をかなりの力で締め上げているよう。いででででで馬鹿日下離せ折れる!とタカオカが叫んだ。その手首を解放して、万里は私をやんわり胸に抱き込んだ。どうどう、と背中を優しく叩かれる。
「『婦女』って…やっぱり出てきやがったな日下この野郎…あれ?」
タカオカは私と、私の隣に現れた天野君を交互に見比べて、ぱかりと口を開けた。
「…タカオカ何やってんのお前」
天野君が心底呆れたように言う。オーバーサイズのニットにハーフ丈のパンツ。ニットベレーが可愛い。彼の私服はいつもこんな感じなんだろうか?確かにこれは女の子に見えるかもしれない…。
「えっ、天野…?じゃあこれ、誰?」
私を不躾に指差し、顔を近づけてくる。引っ掻いてやろうと思ったけど、万里に動きを封じられてしまった。
「クラスメイトの森住。そんなに俺ら、似てる?」これも何回目だろ。やれやれ。
「似てるも何も、女装した天野じゃん…は?まじ?」
前髪が触れるほど顔を近づけられる。その顔面を掴むようにして、万里がタカオカを突き飛ばした。
「日下!いてぇよ!」
「だから鷹丘、初対面の女の子に馴れ馴れしすぎ。近い」
若干声が不機嫌だ。万里は私の肩を抱いたまま、タカオカに更にデコピンする。
「お前だってベタベタ触ってんじゃねーか!」
「俺はいいの!クラスメイト特権!」
ものすごい論理で威張る。しかしおかげで多少頭が冷えた。私は万里の腕を解いて身体を離す。代わりに天野君と腕を組んだ。あれ、天野君、少し背が伸びたんじゃないかな。
「似てるってよく言われますけど、他人です!」
比べてもらえるように顔を並べた。
一同がじっと私たちを見比べる。3人同時に、うーん、と首を傾げる。
「並ぶと間違えるほどは似てないよね…」
「まあ鷹丘は『女装した平』って思い込んでるからな…」
「そうか?そっくりじゃん…ああ、でもこっちのが大分いいな…」
そう言ってタカオカははっきりと私の胸に視線を送っている。何なんだこの失礼な男は!私はタカオカの視線から胸を隠そうと、身体の向きを変えた。うあ、と今度は天野君が声を上げる。
「も、もりずみみみみみ」
「どうしたの?」天野君は真っ赤になって固まっている。
「む、むむむむ胸、当たってる…」
うわ、ごめん!と私は彼の腕から離れて飛び退いた。今度は反対側にいた万里にぶつかってしまう。見上げると、不機嫌な顔。みんなに見えないように、左手をとんとん、とつつかれる。私はその親指をきゅっと一度だけ握った。
「とにかく、彼女は平じゃないよ。わかった?トラ…」
万里の問いかけが聞こえていないかのように、タカオカは「そうか、こっちが正解だったか…」と呟く。またしても唐突に私の両手を握って目の高さに上げた。
「俺と付き合ってください!」
私は最上級の笑顔を作ってから、右足を渾身の力で蹴り上げた。あとは推して知るべし。