神様のいない街

怒涛の文化祭も終わり、まぁまぁ平穏な日々が戻ってきた。
11月のうちは、『若草物語』のエイミー役がウケまくった平のもとにやってくる男子たちを蹴散らす手伝いと、後夜祭で気持ちの盛り上がった学内の女子たちと、例のサイトや舞台を見た他校の女子たちからの呼び出しが相次いでやや忙しかったものの、12月に入ってからはすっかり落ち着いている。
久し振りにマンツーで告られて断っては泣かれるという状況が続いて、ちょっとメンタルダウンしそう。
夜子に触れなくなって、気持ちが不安定でマイナスの力に引きずられやすくなってる感がある。
俺にとって夜子は精神安定剤みたいなもんだったんだなと、改めて実感してる。肌とか、髪とかが無性に恋しい。勝手なもんだ、自分から突き放しておいて。

「万里ぃ、これ美味い。なんか変えた?作り方」
今日は日曜日。午前様のまま、まだ寝室で惰眠を貪ってる母ちゃんはほっといて、当然のように平と昼飯を食っている。
メニューはオムライス。もちろん製作は俺。
「ああ…ちょっとね、教わったのよ、美味い作り方」
平は忙しなくスプーンを動かしながら、でかいオムライスを平らげようとしている。米1合半食ってまだ足りなそう。これで1ミリも伸びないんだから燃費が悪すぎるな。

平絶賛のオムライスは、夜子(清瀬さん直伝)の作り方。少し面倒でも、コンソメ、ニンニク、赤ワインを入れたトマトソースを作って使う。チキンライスはバターで炒めるのが鉄の掟。卵は薄焼きでオーソドックスなスタイル。教わった時、夜子の口元に跳ねたソースを舐め取ってそのままキスしたこともセットで思い出されて苦しくなった。その後蹴っ飛ばされたことも。

夜子と過ごした年月の分、生活のそこここに夜子の習慣が入り込んでいて、ふとした時にどきりとしてしまうことが増えた。
あさりは大量に買って小分けにして冷凍してしまうとか、トマトを味噌汁にするとか、飲み物は直接ボトルから飲まないでコップに移すとか、数えだすとキリがない。何をしてても夜子の亡霊が付いて回るような気持ち。

夜子本人にはあまり会っていない。クラスが離れているから、普通に暮らしてるとあんまり会わないものだ。『ニヴルヘイム』にも行かないし、当然夜子の家にも行かなくなった。
でも夜子の方がたまにののやククルちゃんに用事があってうちのクラスに来ることがあるので、そういう時は努めて普通に接してる。避けるのも変だし。そういう『普通の友達』っぽい態度はだいぶ上手くなったと思う。夜子の態度も本当に普通。ちょっと世間話して笑ったり、冗談を言えば小突いてきたりもする。極めて普通だ。

夜子は文化祭を経て、予想通りかなりモテるようになったらしく、ちらほら玉砕したという男子が現れだした。彼女は『好きな人がいる』と言って断っている、と風の噂で聞いた。ののと付き合ってる、という噂もある。後者については別の玉砕男子が、デマらしいという情報を持ってきた。本人が否定したと。
それを聞いてほっとしている自分を心底卑しいと思ってしまう。彼女の『好きな人』はまだ俺なのだろうか、と期待してしまっている。
別の誰かと幸せになれれば、なんて思ってたくせに、実際具体的な話が出ると嫉妬に狂いそうになるんだ。自分で思っていたよりずっと根が深い。

夜子を失って、俺はずっと欲求不満だ。あの肌を、あの髪を、あの声を、あの喋り方をあの華奢な身体を求めて日々を徘徊するように生きている。
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