踊りましょう、あの炎が消えるまで
『お疲れ様。ステージ発表はタイムテーブルの通り、14:15。
あとスポットライブの詳細が以下です。
本館2F 踊り場付近 10:15
校庭野外ステージ脇 12:15
玄関脇 15:30
本館1F踊り場 16:00
ホール前16:30
気が向いたら。』
『ありがとう。ステージ発表と、スポットライブどこか聴きに行く。
E組テキ屋、女子は浴衣って聞いたけど?』
『そっちには12:30から13:30までいます』
『了解。忙しいね。ちゃんと食べて寝るように』
『うん、大丈夫。ありがとう。私もお芝居観に行きます。おやすみ』
『おやすみ』
10月末日、文化祭校内発表。
ジャズ研の衣装に着替えて、慌ただしく準備をする。一旦教室に戻ってクラス発表(テキ屋、と称してたこ焼きやら軽食とちょっとした出店を運営する)のシフト確認に急ぐ。
「あれ、夜子かわいー。でもさっきの衣装は?」
教室に飛び込むと、浴衣姿の行子に声をかけられる。
「衣装はこれと、クラスの浴衣だけだけど」
「んーでもさっきすれ違ったの夜子だと思ったんだけどなぁ。なんかオールドアメリカンな…」
「人違いじゃないの?」
「そうかな…こーんな美人2人といるかしらー?」
言って、ゆがんだカチューシャの向きを直してくれる。クラスメイトの何人かがシャッターを切った。行子と私は寄り添って笑顔を作る。
「ウィーっす、蛸来たぞー。お、森住早着替えか?さっきの格好はなんだ?有志劇か?」
ハチマキ法被の花島田君がコンテナを抱えて入ってくる。
「花島田君も見たの?夜子のドッペルゲンガー」
「おう、見た見た。巻き髪で長いスカートで」
「えええーなにそれ怖いんだけど」
私も見たー!俺も俺も!と目撃証言が続々と集まってくる。
証言をまとめると、私のドッペルゲンガーは、
①肩にかかる巻き髪にリボン(おそらくウィッグ)
②オールドアメリカンスタイルな花柄のワンピース
③本人より小柄
④歩き方ががさつ
ということだった。
私と行子と花島田君は首をかしげたが、程なくしてこの謎は解けることとなった。
「はーやくはやくこっちこっちこっち」
久々留に引きずられるようにして楽屋(にしている体育館の用具室)に入ると、痛いほど視線が集まった。その真ん中には天野君。
その後ろには頭ひとつ大きい万里。久しぶりに姿を見て、少しだけ泣きそうになってしまう。
万里は、ベストにパンツ、ネクタイにハンチングと、ややトラッドな出で立ち。スタイルの良さが生かされていて、いつも以上に見栄えが良い。舞台の最中も彼が登場する度に女子がさざめいていた。
相手役が女子だと不公平が生じるので、天野君に女装をさせるという策で挑んだらしい。エイミーとローリィはやがて結婚するという流れだから、まぁ、相手が女子だとファンの間では確かにトラブルになりそう。
私は万里の顔をなんとなく直視出来なくて、シャツに包まれた長い腕の辺りに視線を固定する。
あの腕に何度も抱きしめられて、キスだって数え切れないくらいしたんだ。
私だけのわんこだったのに。
そんなことを思って切なくなった。失敗。
私と天野君は至近距離で向かい合わせに立って、お互いの顔をじっと見つめた。
「は…じめまして、天野君」
「お、おう…森住」
初対面なのだ。
「えっ似てる…?」
「わかんね。森住美人だなー。俺の顔ってほんとにこんな?」
「天野君すっごい綺麗よ…?お肌すべすべね…」
思わずお互いの頬に指で触れ合ってしまう。
「おーい、平、森住ー」
はい?とふたり同時に声のする方を振り返ると、かしゃりとシャッター音が響いた。万里がスマホを構えている。
「ほれ、平成Wink」
ふるくさっ、と天野君が悪態をついた。万里はそれを小突きながらさっき撮った画像を見せてくれる。
「うわ」
「うげ」
万里のスマホ画面には、まるで鏡のようにシンメトリなふたつの顔。片やエイミーの巻き髪ウィッグに、もう片方はアリスの大きな黒リボン。その差はあれど、そっくりだ。
「まぁ、平のメイク取ったら区別がつかないってほどじゃないと思うけど、控えめに言ってそっくりよ?」
「知らなかった…」
「俺も…血縁ないよな?」
天野君が私を少しだけ見上げる。私は156センチ。天野君は150センチと聞いているから、6センチばかり私の方が背が高い。
「ないよー多分。私親戚少ないし…お母さん似なんだけど…」
「あっ俺も、お母さん似。双子の叔父叔母が俺とそっくり」
「あの瓶底眼鏡の?あれ外したら似てんのか…。まぁ平は昭さん似だよな」
万里は天野君の親戚の顔までよく知っているらしい。本当に家族ぐるみなんだな。
「うーんお母さん一人っ子で両親早くに亡くしたって聞いてるからな…」
私の方はおそらくもう手がかりがない。
「天野君、お母さん似なんだ!さぞかし可愛いんだろうなぁ」と久々留がうっとりと言う。
「昭さんは美人だぞー。なにせ元ミス白百合」
万里の声にきゃー!と久々留は謎の興奮を見せた。
「…ってことは森住は昭さんにも似てるってことだよな。そう言われればそんな気も…」
なんかわけわかんなくなってきたな…と万里が困ったような顔をした。なんだか可笑しくなってしまって、私はくすくすと笑う。
それを見て万里も笑った。久しぶりに見た笑顔に、私は少し安堵した。万里と目が合うと、彼はいつものようににっこり笑って、その衣装超可愛い、似合ってる。と言ってくれた。
それから私と天野君は鏡のように同じポーズを取らされながら、時間いっぱいまで色んな人と写真を撮る羽目になった。
最後に万里を挟むように並んで3人で写真を撮った時、肩を抱き寄せられた。大きな温かい手が私の肩を包んだ時、ずっとこのまま触っていてくれればいいのにと思ったけど、撮り終わるとあっさり離れ、それ以降は1度も、彼が私に触れることはなかった。
あとスポットライブの詳細が以下です。
本館2F 踊り場付近 10:15
校庭野外ステージ脇 12:15
玄関脇 15:30
本館1F踊り場 16:00
ホール前16:30
気が向いたら。』
『ありがとう。ステージ発表と、スポットライブどこか聴きに行く。
E組テキ屋、女子は浴衣って聞いたけど?』
『そっちには12:30から13:30までいます』
『了解。忙しいね。ちゃんと食べて寝るように』
『うん、大丈夫。ありがとう。私もお芝居観に行きます。おやすみ』
『おやすみ』
10月末日、文化祭校内発表。
ジャズ研の衣装に着替えて、慌ただしく準備をする。一旦教室に戻ってクラス発表(テキ屋、と称してたこ焼きやら軽食とちょっとした出店を運営する)のシフト確認に急ぐ。
「あれ、夜子かわいー。でもさっきの衣装は?」
教室に飛び込むと、浴衣姿の行子に声をかけられる。
「衣装はこれと、クラスの浴衣だけだけど」
「んーでもさっきすれ違ったの夜子だと思ったんだけどなぁ。なんかオールドアメリカンな…」
「人違いじゃないの?」
「そうかな…こーんな美人2人といるかしらー?」
言って、ゆがんだカチューシャの向きを直してくれる。クラスメイトの何人かがシャッターを切った。行子と私は寄り添って笑顔を作る。
「ウィーっす、蛸来たぞー。お、森住早着替えか?さっきの格好はなんだ?有志劇か?」
ハチマキ法被の花島田君がコンテナを抱えて入ってくる。
「花島田君も見たの?夜子のドッペルゲンガー」
「おう、見た見た。巻き髪で長いスカートで」
「えええーなにそれ怖いんだけど」
私も見たー!俺も俺も!と目撃証言が続々と集まってくる。
証言をまとめると、私のドッペルゲンガーは、
①肩にかかる巻き髪にリボン(おそらくウィッグ)
②オールドアメリカンスタイルな花柄のワンピース
③本人より小柄
④歩き方ががさつ
ということだった。
私と行子と花島田君は首をかしげたが、程なくしてこの謎は解けることとなった。
「はーやくはやくこっちこっちこっち」
久々留に引きずられるようにして楽屋(にしている体育館の用具室)に入ると、痛いほど視線が集まった。その真ん中には天野君。
その後ろには頭ひとつ大きい万里。久しぶりに姿を見て、少しだけ泣きそうになってしまう。
万里は、ベストにパンツ、ネクタイにハンチングと、ややトラッドな出で立ち。スタイルの良さが生かされていて、いつも以上に見栄えが良い。舞台の最中も彼が登場する度に女子がさざめいていた。
相手役が女子だと不公平が生じるので、天野君に女装をさせるという策で挑んだらしい。エイミーとローリィはやがて結婚するという流れだから、まぁ、相手が女子だとファンの間では確かにトラブルになりそう。
私は万里の顔をなんとなく直視出来なくて、シャツに包まれた長い腕の辺りに視線を固定する。
あの腕に何度も抱きしめられて、キスだって数え切れないくらいしたんだ。
私だけのわんこだったのに。
そんなことを思って切なくなった。失敗。
私と天野君は至近距離で向かい合わせに立って、お互いの顔をじっと見つめた。
「は…じめまして、天野君」
「お、おう…森住」
初対面なのだ。
「えっ似てる…?」
「わかんね。森住美人だなー。俺の顔ってほんとにこんな?」
「天野君すっごい綺麗よ…?お肌すべすべね…」
思わずお互いの頬に指で触れ合ってしまう。
「おーい、平、森住ー」
はい?とふたり同時に声のする方を振り返ると、かしゃりとシャッター音が響いた。万里がスマホを構えている。
「ほれ、平成Wink」
ふるくさっ、と天野君が悪態をついた。万里はそれを小突きながらさっき撮った画像を見せてくれる。
「うわ」
「うげ」
万里のスマホ画面には、まるで鏡のようにシンメトリなふたつの顔。片やエイミーの巻き髪ウィッグに、もう片方はアリスの大きな黒リボン。その差はあれど、そっくりだ。
「まぁ、平のメイク取ったら区別がつかないってほどじゃないと思うけど、控えめに言ってそっくりよ?」
「知らなかった…」
「俺も…血縁ないよな?」
天野君が私を少しだけ見上げる。私は156センチ。天野君は150センチと聞いているから、6センチばかり私の方が背が高い。
「ないよー多分。私親戚少ないし…お母さん似なんだけど…」
「あっ俺も、お母さん似。双子の叔父叔母が俺とそっくり」
「あの瓶底眼鏡の?あれ外したら似てんのか…。まぁ平は昭さん似だよな」
万里は天野君の親戚の顔までよく知っているらしい。本当に家族ぐるみなんだな。
「うーんお母さん一人っ子で両親早くに亡くしたって聞いてるからな…」
私の方はおそらくもう手がかりがない。
「天野君、お母さん似なんだ!さぞかし可愛いんだろうなぁ」と久々留がうっとりと言う。
「昭さんは美人だぞー。なにせ元ミス白百合」
万里の声にきゃー!と久々留は謎の興奮を見せた。
「…ってことは森住は昭さんにも似てるってことだよな。そう言われればそんな気も…」
なんかわけわかんなくなってきたな…と万里が困ったような顔をした。なんだか可笑しくなってしまって、私はくすくすと笑う。
それを見て万里も笑った。久しぶりに見た笑顔に、私は少し安堵した。万里と目が合うと、彼はいつものようににっこり笑って、その衣装超可愛い、似合ってる。と言ってくれた。
それから私と天野君は鏡のように同じポーズを取らされながら、時間いっぱいまで色んな人と写真を撮る羽目になった。
最後に万里を挟むように並んで3人で写真を撮った時、肩を抱き寄せられた。大きな温かい手が私の肩を包んだ時、ずっとこのまま触っていてくれればいいのにと思ったけど、撮り終わるとあっさり離れ、それ以降は1度も、彼が私に触れることはなかった。
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