星の王子様
ぼろぼろの男5人で夜の街をぞろぞろと歩く。花島田は戦利品たる100円玉をコイントスよろしくぽんぽんと放っている。俺は1番後ろでそれを眺めながら、たらたらと足を動かす。マサキの背中に少し疲れが見えるのが気になるが、気分はすこぶる良い。なんたってこのチームで高校生から勝ちを奪取したのだ。男子の闘争欲求が大いに満たされた。これが喜ばずにいられるか。
遠くから微かにヴァイオリンの音がする。
大晦日の買い物でごった返す商店街。この先には寿々木楽器がある。これはもしかしたら、いや確実に夜子の音なのでは?
花島田もこの音に気付いて振り返る。あからさまに浮き足だった俺を見て、嫌そうにため息をついた。なんだよいいじゃんか。年内はもう会えないと思ってたから素直に嬉しいんだ。
「日下よ、蕎麦とつまみ買って帰ろうぜ。今夜は無礼講だろ?」
花島田の提案に、わーさんせー!と他一同が湧く。ここから最寄りのスーパーは駅前。寿々木楽器を通過して向こう側だ。ああ花ちゃん、なんていい奴。
「なんか面白そうなことやってる気がする…」
歩くたびに近くヴァイオリンの音に、平が反応する。こいつのお祭りに関する嗅覚は異常だ。夜子も夜子で意外に派手好き。大晦日という非日常性も大いに貢献して、多分いつも以上に好き勝手やっているんだろう。かく言う俺もお祭りごとは大好きだ。わくわくする気持ちを抑えて、少しだけ歩調を早める…つもりが、興奮して駆け出した平を追いかける格好になる。まるで犬の散歩だなこれは。
他の面々も小走りに俺たちの後ろをついてくる。俺はマサキの様子を確認しながら、寿々木楽器前の人だかりに向かった。
聞こえてくるのはヴァイオリンにギター、ドラムスの3ピースバンド。のびのび暴れまくってる。確実に夜子だ。
「なんだっけこの曲」
背が低いマサキがぴょんぴょん跳ねる。
「マイケル・ジャクソンだな。渋いもんやりやがって」
花島田はすでに夜子を視認しているようだ。俺はマサキの背中を促して、バンドの左後ろ、人の壁が薄い位置に移動する。ちょうど曲が終わり、夜子が最後の一音を空に投げるように弓を振り上げた。俺らの後についてきた鷹丘が声をあげる。「よ、夜子ちゃん!!」
声に反応して振り向いた夜子は、こちらに向かって舌を出すと、そのまま次の曲に突入する。つい最近のヒット曲だ。観客の盛り上がりも絶好調。旬の曲になると足を止める人もますます増える。俺たちの背後にもあっという間に厚い人の壁が形成されてしまった。
手拍子と拍手。動画を撮っている人も多い。スタジオで弾いてくれる時や、『ニヴルヘイム』でのステージとは違った空気で、夜子の高揚ぶりもまた違う。慣れているつもりの俺でも、すごく新鮮で楽しい気持ちになった。時間を忘れて聴き入って、手が痛くなるほど拍手を贈る。
全ての演奏を終えて、特にMCを挟むでもなく夜子たちはぺこりとお辞儀をすると、拍手喝采の中ライブは終了となった。夜子は楽器を抱えたまま俺たちの方へ向き直る。別の場所にいた平や花島田も人混みをかき分けて集まってきた。
「あれ、この辺の子だったんだ」
いの一番に口を開いたのはマサキだった。俺は驚いてマサキと夜子を交互に見る。夜子は若干嫌そうな顔。
「なんであなたがここにいるの?一体なんの集まり?」
「なんだ森住、おぼっちゃまと知り合いか?」
花島田がマサキの首に腕を引っ掛けた。
「知り合いって言うか…」
夜子はちらりと俺に視線をよこした。
「俺が入院してる病院にボランティア演奏に来たんだよ彼女。あの時はピアノだったけど、ヴァイオリンも弾けるんだ。すげぇかっこいいなーあんた」
あ、ありがとう、と夜子は照れた。可愛い。
「そんでそん時ナンパしたの。2秒で振られたけど」
しかもキレられた。とマサキは笑った。ナンパだと?この野郎そんなことしてやがったのかよ。
ため息をつく夜子に平が無邪気に話しかける。
「マサキは俺らの友達だよ。学校はタカオカと一緒」
自分に話題が回ってきてキラキラと目を輝かせながら頷くタカオカを、夜子は綺麗に無視して平に笑いかける。あんたは帰って、と更に冷たい一言。
「モリズミ?」
「森住夜子。そう言う名前」
マサキにも若干塩対応。そう言えば夜子は決して誰に対してもフレンドリーというタイプじゃなかった。そもそもナンパも嫌い。つまり印象が良くないということなんだろう。
つんけんしている夜子と平をマサキは面白そうに交互に見る。
「森住ちゃんと平ちゃんって…」
「「赤の他人」」
食い気味に2人が口を揃えると、マサキは手を叩いて笑った。なぜか夜子が俺をにらむ。勘弁してくれ。
「よーぉ少年たち。ピザあるぞー。寄ってけ寄ってけ」
上機嫌の社長が派手に登場した。今日のスーツは光沢のあるネイビーに独特のシャーリング。母ちゃんの愛するコムデギャルソンだ。相変わらずの馬の尻尾がふらふらと揺れる。こりゃ出来上がってるな?
いーんすかぁ?とノリを合わせると、先日会った店員さんが後ろから顔を出した。
「バックヤードで納会やってるんだけどさ、胃弱のアラフォーばっかりじゃ食べ切れないくらいピザ頼んじゃってさぁこの人。勿体無いから片付けてよ。食べ盛りでしょー君たち」
はいはいはいおいでおいでと半ば強引に俺たちを店内へ促す。
「…店は大丈夫なのかね?」
「毎年恒例なんだよ。酔っ払ってんの社長だけだから」
へーきよ、と夜子が肩を竦めた。黒のタートルネックにショートパンツ、タイツにごつめのブーツ。めっっっちゃくちゃ可愛い。
ギターとドラムスの2人も従業員だそうだ。さっきのライブの余波で、店内は多くのお客で賑わっている。楽器の試し弾きをする音が喧騒とBGMと共にひっきりなしに鳴っている。
バックヤードには、およそ営業中の店とは思えない量のケータリングとドリンクが用意されていた。閉店まではあと1時間ほどだそうで、従業員たちは入れ替わり立ち替わり、つまみながら働くといった具合。だいぶ緩い店だ。まぁ、あの社長ならそうだろうな。
工房の方はもう仕事納めが済んでいる。職人たちは本格的に寛いでいる様子で、全体的にリラックスした雰囲気。大人達は俺達 の登場も特に気にしないといった風情で、世間話を振りながらあれやこれやと振舞ってくれる。慣れてる、ということなのだろう。
「夜子ちゃんが楽器できるなんて知らなかった…かっこいいし可愛い…」
鷹丘は、ハートにならんばかりの視線を職人たちと談笑する夜子に注ぐ。
「おふぉーはんはむーひふぁんはっはっふぇお」平は喋るか食べるかどっちかにした方がいい。
「お父さんが音楽家、お母さんは女優。どっちも亡くなってるけど」
手短に翻訳すると、鷹丘はまじか、とつぶやいて少し複雑そうな表情になった。俺たち子供にとって、親を亡くすという経験はとてもショッキングだ。まして目の前の、あの華奢な女の子がくぐってきた道だと思うと、誰でも身につまされてしまうだろう。そんな同情的な考え、本人が知ったら怒りそうなもんだけど。
ピザにがっつく平たちを尻目に夜子はもうひとつ向こうの小部屋へと入っていく。楽器を片付けに行くんだろう。俺は少し間を置いてからそっとその後を追った。
遠くから微かにヴァイオリンの音がする。
大晦日の買い物でごった返す商店街。この先には寿々木楽器がある。これはもしかしたら、いや確実に夜子の音なのでは?
花島田もこの音に気付いて振り返る。あからさまに浮き足だった俺を見て、嫌そうにため息をついた。なんだよいいじゃんか。年内はもう会えないと思ってたから素直に嬉しいんだ。
「日下よ、蕎麦とつまみ買って帰ろうぜ。今夜は無礼講だろ?」
花島田の提案に、わーさんせー!と他一同が湧く。ここから最寄りのスーパーは駅前。寿々木楽器を通過して向こう側だ。ああ花ちゃん、なんていい奴。
「なんか面白そうなことやってる気がする…」
歩くたびに近くヴァイオリンの音に、平が反応する。こいつのお祭りに関する嗅覚は異常だ。夜子も夜子で意外に派手好き。大晦日という非日常性も大いに貢献して、多分いつも以上に好き勝手やっているんだろう。かく言う俺もお祭りごとは大好きだ。わくわくする気持ちを抑えて、少しだけ歩調を早める…つもりが、興奮して駆け出した平を追いかける格好になる。まるで犬の散歩だなこれは。
他の面々も小走りに俺たちの後ろをついてくる。俺はマサキの様子を確認しながら、寿々木楽器前の人だかりに向かった。
聞こえてくるのはヴァイオリンにギター、ドラムスの3ピースバンド。のびのび暴れまくってる。確実に夜子だ。
「なんだっけこの曲」
背が低いマサキがぴょんぴょん跳ねる。
「マイケル・ジャクソンだな。渋いもんやりやがって」
花島田はすでに夜子を視認しているようだ。俺はマサキの背中を促して、バンドの左後ろ、人の壁が薄い位置に移動する。ちょうど曲が終わり、夜子が最後の一音を空に投げるように弓を振り上げた。俺らの後についてきた鷹丘が声をあげる。「よ、夜子ちゃん!!」
声に反応して振り向いた夜子は、こちらに向かって舌を出すと、そのまま次の曲に突入する。つい最近のヒット曲だ。観客の盛り上がりも絶好調。旬の曲になると足を止める人もますます増える。俺たちの背後にもあっという間に厚い人の壁が形成されてしまった。
手拍子と拍手。動画を撮っている人も多い。スタジオで弾いてくれる時や、『ニヴルヘイム』でのステージとは違った空気で、夜子の高揚ぶりもまた違う。慣れているつもりの俺でも、すごく新鮮で楽しい気持ちになった。時間を忘れて聴き入って、手が痛くなるほど拍手を贈る。
全ての演奏を終えて、特にMCを挟むでもなく夜子たちはぺこりとお辞儀をすると、拍手喝采の中ライブは終了となった。夜子は楽器を抱えたまま俺たちの方へ向き直る。別の場所にいた平や花島田も人混みをかき分けて集まってきた。
「あれ、この辺の子だったんだ」
いの一番に口を開いたのはマサキだった。俺は驚いてマサキと夜子を交互に見る。夜子は若干嫌そうな顔。
「なんであなたがここにいるの?一体なんの集まり?」
「なんだ森住、おぼっちゃまと知り合いか?」
花島田がマサキの首に腕を引っ掛けた。
「知り合いって言うか…」
夜子はちらりと俺に視線をよこした。
「俺が入院してる病院にボランティア演奏に来たんだよ彼女。あの時はピアノだったけど、ヴァイオリンも弾けるんだ。すげぇかっこいいなーあんた」
あ、ありがとう、と夜子は照れた。可愛い。
「そんでそん時ナンパしたの。2秒で振られたけど」
しかもキレられた。とマサキは笑った。ナンパだと?この野郎そんなことしてやがったのかよ。
ため息をつく夜子に平が無邪気に話しかける。
「マサキは俺らの友達だよ。学校はタカオカと一緒」
自分に話題が回ってきてキラキラと目を輝かせながら頷くタカオカを、夜子は綺麗に無視して平に笑いかける。あんたは帰って、と更に冷たい一言。
「モリズミ?」
「森住夜子。そう言う名前」
マサキにも若干塩対応。そう言えば夜子は決して誰に対してもフレンドリーというタイプじゃなかった。そもそもナンパも嫌い。つまり印象が良くないということなんだろう。
つんけんしている夜子と平をマサキは面白そうに交互に見る。
「森住ちゃんと平ちゃんって…」
「「赤の他人」」
食い気味に2人が口を揃えると、マサキは手を叩いて笑った。なぜか夜子が俺をにらむ。勘弁してくれ。
「よーぉ少年たち。ピザあるぞー。寄ってけ寄ってけ」
上機嫌の社長が派手に登場した。今日のスーツは光沢のあるネイビーに独特のシャーリング。母ちゃんの愛するコムデギャルソンだ。相変わらずの馬の尻尾がふらふらと揺れる。こりゃ出来上がってるな?
いーんすかぁ?とノリを合わせると、先日会った店員さんが後ろから顔を出した。
「バックヤードで納会やってるんだけどさ、胃弱のアラフォーばっかりじゃ食べ切れないくらいピザ頼んじゃってさぁこの人。勿体無いから片付けてよ。食べ盛りでしょー君たち」
はいはいはいおいでおいでと半ば強引に俺たちを店内へ促す。
「…店は大丈夫なのかね?」
「毎年恒例なんだよ。酔っ払ってんの社長だけだから」
へーきよ、と夜子が肩を竦めた。黒のタートルネックにショートパンツ、タイツにごつめのブーツ。めっっっちゃくちゃ可愛い。
ギターとドラムスの2人も従業員だそうだ。さっきのライブの余波で、店内は多くのお客で賑わっている。楽器の試し弾きをする音が喧騒とBGMと共にひっきりなしに鳴っている。
バックヤードには、およそ営業中の店とは思えない量のケータリングとドリンクが用意されていた。閉店まではあと1時間ほどだそうで、従業員たちは入れ替わり立ち替わり、つまみながら働くといった具合。だいぶ緩い店だ。まぁ、あの社長ならそうだろうな。
工房の方はもう仕事納めが済んでいる。職人たちは本格的に寛いでいる様子で、全体的にリラックスした雰囲気。大人達は
「夜子ちゃんが楽器できるなんて知らなかった…かっこいいし可愛い…」
鷹丘は、ハートにならんばかりの視線を職人たちと談笑する夜子に注ぐ。
「おふぉーはんはむーひふぁんはっはっふぇお」平は喋るか食べるかどっちかにした方がいい。
「お父さんが音楽家、お母さんは女優。どっちも亡くなってるけど」
手短に翻訳すると、鷹丘はまじか、とつぶやいて少し複雑そうな表情になった。俺たち子供にとって、親を亡くすという経験はとてもショッキングだ。まして目の前の、あの華奢な女の子がくぐってきた道だと思うと、誰でも身につまされてしまうだろう。そんな同情的な考え、本人が知ったら怒りそうなもんだけど。
ピザにがっつく平たちを尻目に夜子はもうひとつ向こうの小部屋へと入っていく。楽器を片付けに行くんだろう。俺は少し間を置いてからそっとその後を追った。
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