感嘆符なしでは語れない

だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。

3回唱えてわたしは大きく深呼吸した。
おおきな正門。くろくておおきな中学生お兄さまお姉さまたち。こんなにたくさん人がいて、ちゃんと探せるかしら。もしもすれちがってしまったら、もしかしてちがう門からお帰りになるのだったら。
ううん、大丈夫。お兄さまだっておっしゃってたじゃない。かならずここをお通りになるって。お兄さまの申し出を断って、せっかく自分で来たんだもの。ちゃんとやらなきゃ。わたしはもう、自分のことは自分でできる、立派な淑女レディなのだから。
道ゆく人びとが、わたしの姿をちらちらと眺める。わたしはもう一度胸に手を当てて、おおきく息を吸った、その時。
少し遠かったけれど、すぐにわかった。すっきりとしたボブに美しいお顔立ち、セーラー服に包まれた華奢な肩。凛と赤いくちびる、すらりとしたおみ足。お母さまとくりかえし観た映像よりずっと大人っぽくなられているけれど、間違いない!
わたしはかけだした。途中で人にぶつかって、よろけてしまう。地面にころげそうになるところを、おおきなうでがささえてくれる。甘くて苦い香り。これは…。
「栄華ちゃん?」
「まああ万里くん!」
こんなところで愛しい彼に会えるなんて!今日は幸先がいいわ。ぜったいにうまくいく。
わたしは彼ににっこりと笑いかけた。ごめんなさいね、あなたに会えてとってもうれしいけれど、今日はちがう方に用事があるの。わたしは彼のうでに支えられたまま、遠ざかりそうなその背中に向かって大声をあげた。
「お姉さま!夜子お姉さま!お待ちになって!」
果たしてわたしの呼びかけは届いたようす。彼女はぴくりと肩をふるわせて立ち止まると、きょろきょろと首をめぐらせる。
かけだそうとして、わたしはまた人にぶつかってしまう。中学校ってなんて人が多いの!そう内心地団駄を踏んだとき、ふいに身体がもちあがった。
抱え上げられて、視界はまるで鳥のようにまいあがる。先ほどの呼びかけの主を探すようにきょろきょろしている夜子お姉さまの姿をかんたんにとらえることができた。
「栄華ちゃん、森住さんに用があるの?」
軽々とわたしを抱き上げた万里くんが、そう訊く。そのまま人ごみをつっきって、あっという間に夜子お姉さまの前までわたしを連れて行ってくれた。
なんて頼りになるんだろう。その洗練された物腰に、セーラー服たちがこぞって視線を注いでいる。見て!この人がわたしの未来の旦那さまなのよ!
わたしは誇らしい気持ちで彼を見下ろす。もちろん万里くんはにっこりと笑い返してくれる。それからそうっと、まるでこわれものをあつかうみたいに、私を地面におろしてくれた。
地面に足をつけたわたしは、スカートのすそを払って、髪を指で少しととのえた。失礼がないようにしなくっちゃ。そして、夜子お姉さまの美しい小さなお顔を一度見上げてから、咳ばらいをひとつ。ふかぶかとおじぎをした。
「はじめまして、突然押しかけるご無礼をおゆるしくださいませ。わたくし、花島田栄華と申します。森住夜子さまでおまちがえないでしょうか?」
夜子お姉さまは大きな瞳をすこし見開いてから、わたしに合わせて居住まいを正してくださった。
「はい、間違いありませんよ。初めまして、栄華さん」
思ったよりも低い声だった。でも、とってもセクシーに感じる。大人の女の人みたいだ。
いろんなセリフを考えてきたの。うんと礼儀正しい長いものから、子どもらしい熱意が伝わりそうな、ちょっと「あざとい(この間お兄さまに教えて頂いた、新しいことば)」ものまで、たくさん。でもやっぱりシンプルに、尊敬の念とわたしの気持ちが伝わるものを選ぼう。そう思って、わたしは息を吸い込んだ。

「弟子にしてください!!」

びっくりしたようなお姉さまのお顔に、無数の人間の注目と、万里くんの押し殺したような笑い声が重なっていった。
わたし、何かまちがったかしら?
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