犬と猫の暮らす家

スーパーが好きだ。

少しひんやりしていて、明るくて、活気に満ちていて、流行りの歌をアレンジしたうすっぺらいフュージョンが流れていて、安っぽい模様が印刷された合板で四方を囲まれている如何にも安普請な普通のスーパー。
整然と並べられたあらゆる種類の食べ物や飲み物、日用品。焼きたてのパンと量り売りのお惣菜。ここには「生きるつもりのある」人しか来ない。生きるために必要なものを手に入れるための場所。それはどうしようもなく明るいものだ。ここには絶望がない。ゾンビに囲まれたら籠城することだって出来る。
だから私はスーパーが好きだ。

例の如く同居する叔父1号・七瀬が仕事で帰りが遅く、近距離の叔父2号・清瀬も店に出ている。擬似叔父・ケンジは某アーティストのツアーに同行中、となれば今日の晩御飯は1人飯だ。
冷凍庫には鶏肉のストック。冷蔵庫には卵と長ネギその他の野菜。それなら三つ葉を足して親子丼にしよう、と近所のスーパーを訪れている。本来なら家にあるもので1人分の夕食くらい事足りるが、何かと口実をつけてスーパーを散歩したい私は今、オレンジのカゴをぶら下げてぶらぶらと生鮮食品を冷やかしている。カゴには三つ葉、ヨーグルト、チョコレート。

「おじょーぉさんっ」
斜め後方から聞き覚えのある声。振り返ると万里がへらへらと笑いながら立っている。夜、『ニヴルヘイム』に遊びに来る時よりややラフな格好で、まるで散歩の途中みたいな雰囲気で。
「買い物?」
「スーパーに買い物以外の目的では来ないな」ついちょっと険のある言い方になってしまう。昼間に万里に会う時警戒してしまうのが癖になってるのだ。
「…夜子って昼間の俺に辛いよね…」
「…そう?」ばれてら
「そうだよ」ちょっと拗ねたような顔になる。年相応で可愛い表情に、おもわず笑ってしまう。
「ごめんね。日下君とあんまり仲良くしてると穏やかじゃない人が多そうだから、面倒で」
「面倒って!はっきりしてるなぁもう。そこが夜のいいとこだけど」
笑い合って、なんとなく和んでしまう。
万里は昼も夜もよくモテる。とかく昼間の彼はアイコン化され過ぎていて、女子間には謎の不可侵条約のようなものが存在している。38度線を越える者は蜂の巣も辞さない覚悟でなければならない。それを本人がどう思っているかは定かでないが、そこそこ楽しんでいるように見える。今のところは甘んじて満遍なく優しく接しているようだ。だからこそ、こちらが警戒しないと無用な争いに巻き込まれてしまいそうで面倒なのだ。

「今日は1人で夕食だから、買い物に来たの。日下君は?」
「俺も似たようなもん」
「自炊するんだ」
「うまいよー俺。親がいても大抵作るの俺だもん」
でも1人だと何食えばいいのかわかんないんだよね、と言った万里が寂しそうで、ついほっとけない気持ちになってしまう。こいつはきっと確信犯の野良犬なのに。
「…うちで一緒に食べる?」
「いいの?」嬉しそうに。絶対確信犯だぞこいつは。こんな悪い男に振り回されてなんてお人好しな私。
「一緒に作ってね。折角2人になったから唐揚げにしよう。鶏肉のストックがあるし」
「この三つ葉はどうすんの?」
「お吸い物にしましょう」
三つ葉とヨーグルトとチョコレート。それから見えない尻尾を高速で振る犬を連れて家路につくことになるのであった。


万里の言うことは本当で、料理の手際は日々家事をこなしている人間のそれだった。
「日下君、いつも1人なの?」
「んー週の半分は隣にいるから、それほど1人でもないんだけど、いつもいるってわけにもいかないじゃん?あとは適当。1人で作ったり、外食したり。夜は?」
「私はまちまち。でも3食を全部1人で食べるってことはないかな。叔父らがそういう方針だから、誰かしらとは必ず会うかんじ」
「愛だね」
鶏肉に小麦粉をはたきながら、万里は微笑む。綺麗な横顔。
「血の繋がりが薄い分を物理で埋めようとしてるんでしょうね。血の繋がりなんて関係ないって清瀬達はいつも言うけど、結局それに縛られてるんだよ。なければ寂しいと『私が』思うと思ってる。当の私はどうだっていいと思ってるんだけど、なかなか伝わらない。もちろん一緒にいてくれるのは嬉しいんだけど、時々みんなきっと無理してるから」
血の濃さと愛情は比例しない。1番よくわかっているはずなのに、清瀬も七瀬もケンジも、いつも不安なようだ。私は彼らを心の底から愛していて、それは血が一滴も繋がっていなくても変わらないことだと本当に伝えるにはどうすればいいんだろう。
「毎日口に出してるんだけど、それだけじゃだめなのかな」
急に寂しいような気持ちになってしまう。私はそれを振り払うように首を振った。
「夜」
呼ばれて顔を上げると、すかさず口付けられた。続けて鼻と、目尻に。
虚を突かれて一瞬ぽかんとしてしまってから、空いた足で万里の足を軽く蹴飛ばした。
「こら、ハウス」
「まあった犬扱いかよ」
「しつけのなってない犬ね」
へらへらと笑う万里を睨みつけてから、手を洗ってコンロの火をつけた。
「じゃあ夜子がしつけてよ」
そう言って今度はかすめるように唇を舐められた。まったく、私は万里に甘過ぎるんだ。肉の薄いほっぺたを両手で引っ張ってやる。
「大体誰もいない家に男上げるなんて危機感なさすぎなんじゃない?」
意地の悪い顔で笑う。残念でした、と私は笑い返した。
「連絡しましたので、もうすぐ清瀬が帰ってきまーす」
なんっだよダマしたなー、と抗議する万里の胸を軽く叩いた。
「あなたみたいな危なっかしいのと2人きりになんてなりません」
ちぇ、とふてくされる万里を少し可愛いと思ってしまった。いかんいかん。
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