天国から学校へ400m

夏休み明けに「文化祭でフラッシュモブをやりたい」と提案した時、意外にも一番に賛同してくれたのは四方田君だった。どうせなら器楽系のサークルを全部巻き込んで、大規模なものをやろう、と。

「いやフラッシュモブは面白いと思うけどさ、器楽サークル今うちの学校いくつあんのよ」
ののが長い足を揺らしながら言う。
「吹奏楽部、管弦楽部、軽音楽部、ビッグバンド部、リコーダー同好会、ファンク同好会、アコーディオン同好会、ですかね」
蘭子ちゃんが指を折りながら答える。
「結構多いですね。吹奏楽部と管弦楽部が大きいから、全員参加したら100人以上のバンドになりますよ。曲はどうします?」
とは、1年生の沢渡陸君。トロンボーン担当で、小学校の鼓笛隊から既にトロンボーン歴3年。賢くてハキハキした子だ。友達も多く、ライブにはたくさん観客を連れてきてくれる頼もしい存在。
今年は1年生が3人も入部してくれて、とりあえず我が同好会の未来は約束されている。2年生は蘭子ちゃんひとりだけど、1年生たちは皆温和で、よく蘭子ちゃんを慕っているようなので、きっと私たちが卒業しても、仲良くやっていってくれるだろう。
「それだけ楽器のバリエーションがあるとアレンジも大変ですよね…。練習に時間もあまり取れそうにないし、単純で派手でみんなが知ってて盛り上がれる曲って言うと…」
同じく1年生のヴォーカル兼ピアニスト、真壁千世ちゃん。長身でハスキーヴォイス。ビリー・ホリデイに憧れていると言う。楽譜が読めない彼女は、完全に耳と感覚で弾くタイプ。クラシックの基礎はないけど、アドリブに強いピアノがまたすごく面白い。
「あ、俺夜子先輩が考えてることわかった」
いたずらっぽく笑うのは、田部井真名人君。ギタリストだ。5つ年上のお兄さんがうちのOBだそう。ののが私をジャズ研に勧誘するきっかけになった、『ニヴルヘイム』に出入りするOBというのが、そのお兄さんだ。
「『ボレロ』やりたいんでしょー」
「当たり」
私と田部井君は人差し指をくっつけあった。いえー、と彼は嬉しそうに笑う。犬系男子。他のメンバーも、ボレロボレロとさわさわする。
「ねぇのの、いいでしょ?私がアレンジやるから」
ののの鼻先に人差し指を突きつける。彼は若干渋い顔。
「人の募集と根回しは?」
「部長サマ♡」
我がジャズ研は3年の文化祭をもって引退としている。それまでは部長はのの。私はののの鼻先で人差し指をうりうりと回した。
「できれば完全なフラッシュモブにしたいよね。秘密は厳守で。バンドが大き過ぎると統制が大変だし、うちの部以外は一旦3年だけで編成して、音足りなそうなところを1、2年に声かける感じにしたら?」と、四方田君。
「誓約書とペナルティの用意」
「はい!考えます」千世ちゃんが元気よく手をあげた。
「参加者と楽器編成の管理」
「俺やります」沢渡君が眼鏡を光らせる。
「学校側との交渉」
「僕」四方田君が小さく手をあげた。部長はののだけど、副部長の四方田君の方が何かと折衝が上手い。
「譜面は手書き?」
「ソフトあるから、なるべく見やすく作るよ」
「じゃあ印刷とか、チェックとか、その他諸々夜子先輩のお手伝いやります」蘭子ちゃん。
「場所は?」
「校庭でしょ」
「真ん中にスネア置いてー、そこでのの先輩が始めてー、ってかんじっすね。あらかじめ置いとくのは危ないから、場所だけやんわり石灰かなんかで目印つけといて、スネアとスタンド持って出てくのがいんじゃないっすか?」田部井君。
うーん、とののは腕組みして、椅子の後ろ足だけでゆらゆらする。
「まあいいか!面白そうだし…キマったらめちゃくちゃかっこいいよなー」
「でしょでしょ」
「派手好きのわがまま姫には敵いませんなー」
「なんとでも」
「つーか真名人、お前何やるんだよ」
にこにこ尻尾を振っていた田部井君に、ののが鋭く指摘した。
「応援します。可愛く♡」
言って、両手をグーにして顎の下にあてると上目遣いにののを見上げた。田部井君は線の細い美少年である。
「お前なぁ…」
「嘘です。部長専任の小間使いやります」
よし、とののは頷いてからはたと気が付いたように頭を抱えた。
「ボレロって!スネア12分間叩きっぱなしじゃん!」
よっ!リズムメーカー頑張って!と沢渡君が声をかけると、みんな一斉に笑い出した。

さて、今年も忙しくなりそうだ。
うきうきする私に、ののがため息をつくのを見逃さなかった。
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