幸福の子供
「ククルーぅ、ポッキー食べる?」
目の前に赤い箱が差し出されて、あたしはその中に並ぶ1本のプレッツェル部分をつまんで引き抜いた。
ありがとー、と微笑む。箱は隣に気怠く座る夜子にも向けられたけど、今はいい、と彼女は小さく手を振った。
細い手首をひらめかせて夜子は座席の肘掛に頬杖をつく。ぱしりと歯でポッキーを噛み折るあたしを見つめた。
「どうしたの?」
「ううん、久々留可愛いなと思って」
え、そお?とあたしは褒め言葉と思われるそれを素直に受け取る。夜子はいつだって物言いがストレートで、女子っぽい褒め殺しも絶対にしない。だからきっとそのままの意味なんだろう。嬉しい。にっこり笑うと、夜子も楽しそうに笑顔を返してくれた。
夜子はあたしを「可愛い」と言ってくれたけど、当の本人の方が10倍、いや100倍可愛い。
色白で小さな顔。大きなアーモンド型の瞳には、長いまつ毛がびっしり。瞬きする時なんかいちいちスローモーションに見える。細い綺麗な鼻梁に、メイクもしてないのに真っ赤な唇。
小柄なのに手足が長くてスタイルが良い。華奢なのになぜか巨乳。しかもよく食べるのにちっとも太らないし。
女優だったというお母さんを、こないだググってみたら、本当にそっくりだった。つまり夜子はこんな公立中にいるようなレベルじゃないってこと。もちろん男子にも滅法モテる。
あたしが憧れる全てを持っている。自慢の友達だ。
中学最後にして最大のイベント、それは修学旅行。我が東第一中学校は、関東近郊のステレオタイプに基づいて、京都・奈良が目的地。
海外とか、せめて沖縄とか、トレンドに乗れば他の選択肢は山程あるのに、随分オーソドックス。でも京都は見所もたくさんあるし、美味しいものもあるし、女子的にはなかなか悪くない。
行動班は4人ないし5人で1組。あたしは、夜子と行子、ニッケと一緒。新幹線の座席もそれで割り振られる。4人班なので、2列の座席を向かい合わせに回して、きゃっきゃしながら旅路を楽しんでるというわけ。
夜子はあんまり喋らない。でもあたしたちの大して内容のない話をちゃんと聞きながら、相槌を打ったりしてくれてる。時々楽しそうに笑ったり。その度に切りたての髪が揺れて、小さな耳が見え隠れする。絶対男子たちがドキドキしてる頸。
夜子は最近突然髪をばっさりショートボブにした。前下がりで大人っぽい形。どうして髪を切ったのか聞いたら、別に邪魔だったから、とだけ言っていて、どうやら本当にそうみたい。失恋して髪を切る、なんて今時誰もやらないけど、あたしなら理由なく長い髪を切るなんてできない。すごく勇気がいる。でも夜子はそういうことを軽やかにやってしまう。自分が女子としての矜持みたいなものにしがみついてる気がしてちょっと悲しいけど、夜子のようにはあたしは振る舞えない。それが少しだけもどかしくて、夜子のことはうんと羨ましい。
ああ、あたしにもあんな潔さがあったら、あんな風に綺麗だったら、女優と音楽家の娘なんてどんな気持ちだろう…思春期の少女らしく卑屈になりそうな日もあるけど、あたしにはあたしの良さがあるのはわかってる。普通よりは可愛い方だし、夜子よりも「現実的な意味で」モテるし、わりと満足してるんだ。うん。
「ね、マフィン焼いてきたの。良かったら…」
はにかむような声と共に、可愛いプリントがされたジップロックが差し出される。IKEAのピンクのやつ。中にはチョコレート生地に大きめのホワイトチョコが散った、可愛らしいマフィン。紙カップも花柄ですごく可愛い。わー、と座席に歓声が上がる。
「いいの?ヒナ」
ニッケが言うと、ヒナ ── 一ノ瀬雛姫は、うん、美味しいかわかんないけど、と恥ずかしそうに笑った。
春に同じクラスになった時は、死ぬほど恥ずかしがり屋で、親友の相模真の後ろから滅多に出てこない子だったけど、最近は小声ながらも自分から発言するし、顔を上げて話をしてくれるようになった。正直最初はいかにも庇護を必要としてそうなか弱い女の子そのもので苦手だったけど、今は好き。意外と気持ちがしっかりしていて強い子だ。それに顔を前に向けるようになったら、可憐な美少女だったしね。あたしは美しいものは無条件に愛するのだ。
あたしたちは有難くひとつずつマフィンをもらう。ヒナはお菓子作りが好きで、よく教室に持ってきてくれる。今までハズレなしだから、お墨付きだ。
「はい、夜ちゃん、良かったら」
ヒナは夜子にもマフィンの入ったジップロックを差し出した。
夜子は甘い物がそれほど好きじゃない。断る時はあっさり断るけどどうするのかな、と思っていたら、「チョコ…」と言いながら嬉しそうに受け取っていた。そうだ、甘い物は苦手なくせに、夜子はチョコに目がない。変な子。
ヒナは夜子のためにチョコマフィンにしたのかもしれない。そういうところが彼女にはある。夜子もそれがわかっているようなのは表情から見て取れた。優しい子たちだな、と思う。あたしの愛の対象は造作の美しさだけではなく、内面の美しさもだ。この美しさは百合っぽくもあり、花マル。
「あれ、一ノ瀬さん手作り?いいなぁ」
いかにも明るい調子で日下君が現れた。3D男子はあたしたちより後方の座席に固まってたはずだから、トイレの帰りかな。にこにこしながら、他の女の子たちと雑談したりお菓子を差し出されたりしてる。相変わらず驚異的にイケメン。入学して最初の1年は本当に興奮したけど、流石に3年間同じクラスともなると、イケメン耐性も付いてきて、ごく普通の(3年間同じクラスだけあってかなり気安い)友達だ。
もちろん日下君はいい男だし、優しいし、頼りになるし、こんな彼氏がいたらいいのになー、と思うし大好きだけど、あたしには高嶺の花。観賞用です。正直付き合うならもうちょい素朴な方がいい。こう見えて実はリアリストなあたし。
「ごめんね日下君。たった今売り切れちゃった」
ヒナは残念そうに言う。女の子たちに次々とポケットにお菓子をねじ込まれてる日下君は、にっこり笑って、ざーんねん、と言った。ポケットから色々はみ出しててなんかおひねりねじ込まれてる踊り子さんみたい。
あたしのを半分あげようかな、と声をかけようとしたら、日下君は悪戯を思いついた子供みたいな顔をした。
あ、かわいい、と思った瞬間、彼は夜子の手首を柔らかく掴んで持ち上げる。
「森住さん、半分ちょーだい♡」
そう言って持ち上げた夜子の手にあったマフィンにがぶりと噛み付いた。
お、美味い、と言って日下君は夜子の手首を離すと、彼女の頭をくしゃくしゃとかき混ぜて爽やかに去って行く。
「きゃー、夜子そのマフィンちょっとちょーだい…」
間接キスー♡なんてノリで夜子に話しかけながらうつむいた顔を覗き込むと、まさかの鬼の形相。ぶるぶる震えてる。うわ。
「え、夜子大丈夫?」
思わず行子が声をかけると、ゆらりと夜子は顔を上げた。
「あいつ絶対許さない…」
そうだった、夜子は食べ物に関してはものすごく子供じみてて、許可なくつまみ食いなんかしようものなら烈火のごとく怒り狂うのだ。
日下殺す…とその可憐な唇から出てくるとはとても思えないような過激なワードをつぶやく彼女に、あたしは自分のマフィンをふたつに割ってそっと手に持たせる。
「夜子、これあげるから。殺さないであげて…?」
うう、と呻いてから夜子はあたしがあげたマフィンにかぶりついた。
「ありがと久々留…美味しい…雛姫、美味しいぃ」
ヒナは苦笑いしてる。夜子はさっき日下君に齧られたマフィンの皮を剥いて半分に割ってあたしにくれた。わーい日下君と間接キス♡
「久々留、日下君に甘い。さっきの強奪じゃない。窃盗だよ?犯罪だよ?訴えてやる…」
「落ち着け夜子、久々留に免じて許してやんなさいな」
ニッケが夜子の肩をぽんぽんと叩いた。行子も呆れたように笑ってる。だってさぁぁぁ、と夜子はまだ納得がいかないようで、ぶちぶちと文句を垂れている。
日下君は女の子に満遍なく優しい。そして満遍なく絶妙な距離感で接する。気安いんだけど、近いんだけど、ぎりぎり触らない。いつも日下君にはファンの女の子たちが群がってるけど、そうやってみんなに一線引いてるんだ。
でも夜子は違う。別にベタベタしてるわけじゃないんだけど、ふとした瞬間にまるでためらいなく触る。さっきみたいに突然手首掴むなんて、他の女の子には絶対しないと思う。夜子も、仮にも異性からそういう触られ方をしてるのに、特になんとも思ってないみたい。一番仲がいい東雲君だって、あんな風に夜子に触らない。
夜子はあんまり他人に心を許さない。別に愛想が悪いわけでもないし、無表情というわけでもないけど(それでも箸が転がってもおかしい年頃の女子中学生としては、表情が乏しい方だと思う)、万人に気安いタイプじゃない。私の知ってる限りでは、心を許してる筆頭はこの私。あとは2年の時から同じクラスの桜井行子。それから全体的に3Dの女子に対しては、今までのクラスメイト達よりずっと親しく感じてるみたい。男子はジャズ研の東雲君、四方田君、あとはなぜかC組の花島田君。天野君も、去年の文化祭以来、他人とは思ってない様子。日下君とは1年生の頃同じクラスで、その頃から結構親しいように見えた。でもそれ以降はあんまり接点があるようには思えない。そもそもファンの女の子たちとは全くタイプが違うし。
よく話してるってわけでもないし、一緒にいるところを頻繁に見るというわけでもない。他のクラスメイトと同じくらいの接し方。でも2人の間にあるものは何か他の人たちとの間のものとは違う気がする。そういう濃密な何かがふと湧き上がるように見える時がある、気がする。
ニッケや行子は気づいているだろうか。
目の前に赤い箱が差し出されて、あたしはその中に並ぶ1本のプレッツェル部分をつまんで引き抜いた。
ありがとー、と微笑む。箱は隣に気怠く座る夜子にも向けられたけど、今はいい、と彼女は小さく手を振った。
細い手首をひらめかせて夜子は座席の肘掛に頬杖をつく。ぱしりと歯でポッキーを噛み折るあたしを見つめた。
「どうしたの?」
「ううん、久々留可愛いなと思って」
え、そお?とあたしは褒め言葉と思われるそれを素直に受け取る。夜子はいつだって物言いがストレートで、女子っぽい褒め殺しも絶対にしない。だからきっとそのままの意味なんだろう。嬉しい。にっこり笑うと、夜子も楽しそうに笑顔を返してくれた。
夜子はあたしを「可愛い」と言ってくれたけど、当の本人の方が10倍、いや100倍可愛い。
色白で小さな顔。大きなアーモンド型の瞳には、長いまつ毛がびっしり。瞬きする時なんかいちいちスローモーションに見える。細い綺麗な鼻梁に、メイクもしてないのに真っ赤な唇。
小柄なのに手足が長くてスタイルが良い。華奢なのになぜか巨乳。しかもよく食べるのにちっとも太らないし。
女優だったというお母さんを、こないだググってみたら、本当にそっくりだった。つまり夜子はこんな公立中にいるようなレベルじゃないってこと。もちろん男子にも滅法モテる。
あたしが憧れる全てを持っている。自慢の友達だ。
中学最後にして最大のイベント、それは修学旅行。我が東第一中学校は、関東近郊のステレオタイプに基づいて、京都・奈良が目的地。
海外とか、せめて沖縄とか、トレンドに乗れば他の選択肢は山程あるのに、随分オーソドックス。でも京都は見所もたくさんあるし、美味しいものもあるし、女子的にはなかなか悪くない。
行動班は4人ないし5人で1組。あたしは、夜子と行子、ニッケと一緒。新幹線の座席もそれで割り振られる。4人班なので、2列の座席を向かい合わせに回して、きゃっきゃしながら旅路を楽しんでるというわけ。
夜子はあんまり喋らない。でもあたしたちの大して内容のない話をちゃんと聞きながら、相槌を打ったりしてくれてる。時々楽しそうに笑ったり。その度に切りたての髪が揺れて、小さな耳が見え隠れする。絶対男子たちがドキドキしてる頸。
夜子は最近突然髪をばっさりショートボブにした。前下がりで大人っぽい形。どうして髪を切ったのか聞いたら、別に邪魔だったから、とだけ言っていて、どうやら本当にそうみたい。失恋して髪を切る、なんて今時誰もやらないけど、あたしなら理由なく長い髪を切るなんてできない。すごく勇気がいる。でも夜子はそういうことを軽やかにやってしまう。自分が女子としての矜持みたいなものにしがみついてる気がしてちょっと悲しいけど、夜子のようにはあたしは振る舞えない。それが少しだけもどかしくて、夜子のことはうんと羨ましい。
ああ、あたしにもあんな潔さがあったら、あんな風に綺麗だったら、女優と音楽家の娘なんてどんな気持ちだろう…思春期の少女らしく卑屈になりそうな日もあるけど、あたしにはあたしの良さがあるのはわかってる。普通よりは可愛い方だし、夜子よりも「現実的な意味で」モテるし、わりと満足してるんだ。うん。
「ね、マフィン焼いてきたの。良かったら…」
はにかむような声と共に、可愛いプリントがされたジップロックが差し出される。IKEAのピンクのやつ。中にはチョコレート生地に大きめのホワイトチョコが散った、可愛らしいマフィン。紙カップも花柄ですごく可愛い。わー、と座席に歓声が上がる。
「いいの?ヒナ」
ニッケが言うと、ヒナ ── 一ノ瀬雛姫は、うん、美味しいかわかんないけど、と恥ずかしそうに笑った。
春に同じクラスになった時は、死ぬほど恥ずかしがり屋で、親友の相模真の後ろから滅多に出てこない子だったけど、最近は小声ながらも自分から発言するし、顔を上げて話をしてくれるようになった。正直最初はいかにも庇護を必要としてそうなか弱い女の子そのもので苦手だったけど、今は好き。意外と気持ちがしっかりしていて強い子だ。それに顔を前に向けるようになったら、可憐な美少女だったしね。あたしは美しいものは無条件に愛するのだ。
あたしたちは有難くひとつずつマフィンをもらう。ヒナはお菓子作りが好きで、よく教室に持ってきてくれる。今までハズレなしだから、お墨付きだ。
「はい、夜ちゃん、良かったら」
ヒナは夜子にもマフィンの入ったジップロックを差し出した。
夜子は甘い物がそれほど好きじゃない。断る時はあっさり断るけどどうするのかな、と思っていたら、「チョコ…」と言いながら嬉しそうに受け取っていた。そうだ、甘い物は苦手なくせに、夜子はチョコに目がない。変な子。
ヒナは夜子のためにチョコマフィンにしたのかもしれない。そういうところが彼女にはある。夜子もそれがわかっているようなのは表情から見て取れた。優しい子たちだな、と思う。あたしの愛の対象は造作の美しさだけではなく、内面の美しさもだ。この美しさは百合っぽくもあり、花マル。
「あれ、一ノ瀬さん手作り?いいなぁ」
いかにも明るい調子で日下君が現れた。3D男子はあたしたちより後方の座席に固まってたはずだから、トイレの帰りかな。にこにこしながら、他の女の子たちと雑談したりお菓子を差し出されたりしてる。相変わらず驚異的にイケメン。入学して最初の1年は本当に興奮したけど、流石に3年間同じクラスともなると、イケメン耐性も付いてきて、ごく普通の(3年間同じクラスだけあってかなり気安い)友達だ。
もちろん日下君はいい男だし、優しいし、頼りになるし、こんな彼氏がいたらいいのになー、と思うし大好きだけど、あたしには高嶺の花。観賞用です。正直付き合うならもうちょい素朴な方がいい。こう見えて実はリアリストなあたし。
「ごめんね日下君。たった今売り切れちゃった」
ヒナは残念そうに言う。女の子たちに次々とポケットにお菓子をねじ込まれてる日下君は、にっこり笑って、ざーんねん、と言った。ポケットから色々はみ出しててなんかおひねりねじ込まれてる踊り子さんみたい。
あたしのを半分あげようかな、と声をかけようとしたら、日下君は悪戯を思いついた子供みたいな顔をした。
あ、かわいい、と思った瞬間、彼は夜子の手首を柔らかく掴んで持ち上げる。
「森住さん、半分ちょーだい♡」
そう言って持ち上げた夜子の手にあったマフィンにがぶりと噛み付いた。
お、美味い、と言って日下君は夜子の手首を離すと、彼女の頭をくしゃくしゃとかき混ぜて爽やかに去って行く。
「きゃー、夜子そのマフィンちょっとちょーだい…」
間接キスー♡なんてノリで夜子に話しかけながらうつむいた顔を覗き込むと、まさかの鬼の形相。ぶるぶる震えてる。うわ。
「え、夜子大丈夫?」
思わず行子が声をかけると、ゆらりと夜子は顔を上げた。
「あいつ絶対許さない…」
そうだった、夜子は食べ物に関してはものすごく子供じみてて、許可なくつまみ食いなんかしようものなら烈火のごとく怒り狂うのだ。
日下殺す…とその可憐な唇から出てくるとはとても思えないような過激なワードをつぶやく彼女に、あたしは自分のマフィンをふたつに割ってそっと手に持たせる。
「夜子、これあげるから。殺さないであげて…?」
うう、と呻いてから夜子はあたしがあげたマフィンにかぶりついた。
「ありがと久々留…美味しい…雛姫、美味しいぃ」
ヒナは苦笑いしてる。夜子はさっき日下君に齧られたマフィンの皮を剥いて半分に割ってあたしにくれた。わーい日下君と間接キス♡
「久々留、日下君に甘い。さっきの強奪じゃない。窃盗だよ?犯罪だよ?訴えてやる…」
「落ち着け夜子、久々留に免じて許してやんなさいな」
ニッケが夜子の肩をぽんぽんと叩いた。行子も呆れたように笑ってる。だってさぁぁぁ、と夜子はまだ納得がいかないようで、ぶちぶちと文句を垂れている。
日下君は女の子に満遍なく優しい。そして満遍なく絶妙な距離感で接する。気安いんだけど、近いんだけど、ぎりぎり触らない。いつも日下君にはファンの女の子たちが群がってるけど、そうやってみんなに一線引いてるんだ。
でも夜子は違う。別にベタベタしてるわけじゃないんだけど、ふとした瞬間にまるでためらいなく触る。さっきみたいに突然手首掴むなんて、他の女の子には絶対しないと思う。夜子も、仮にも異性からそういう触られ方をしてるのに、特になんとも思ってないみたい。一番仲がいい東雲君だって、あんな風に夜子に触らない。
夜子はあんまり他人に心を許さない。別に愛想が悪いわけでもないし、無表情というわけでもないけど(それでも箸が転がってもおかしい年頃の女子中学生としては、表情が乏しい方だと思う)、万人に気安いタイプじゃない。私の知ってる限りでは、心を許してる筆頭はこの私。あとは2年の時から同じクラスの桜井行子。それから全体的に3Dの女子に対しては、今までのクラスメイト達よりずっと親しく感じてるみたい。男子はジャズ研の東雲君、四方田君、あとはなぜかC組の花島田君。天野君も、去年の文化祭以来、他人とは思ってない様子。日下君とは1年生の頃同じクラスで、その頃から結構親しいように見えた。でもそれ以降はあんまり接点があるようには思えない。そもそもファンの女の子たちとは全くタイプが違うし。
よく話してるってわけでもないし、一緒にいるところを頻繁に見るというわけでもない。他のクラスメイトと同じくらいの接し方。でも2人の間にあるものは何か他の人たちとの間のものとは違う気がする。そういう濃密な何かがふと湧き上がるように見える時がある、気がする。
ニッケや行子は気づいているだろうか。
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