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言葉遊び

 「見てくださいよ、先輩。めちゃめちゃ綺麗」
 「おん、見とる見とる」
 「ずっこいわあ」
 
 少し先を歩く隠岐が振り返ると、そこには隠岐の意図するものではなく、こんなときに限ってその顔にばかり視線を向けてくる水上の恍けたような目と目がかち合う。その容姿をいじられるのにも慣れたもので、隠岐は水上と向かい合うように後ろ歩きをしながら、近所の川沿いに植えられた桜並木を再び見上げる。
 
 「風強いし、すぐ散っちゃいますかね」
 「期限があるから良いんやろ、こういうんは」
 
 川と言ってもコンクリートで固められた風情もなにもないようなものだったし、並木も長く続くような道ではなかったけれど、この連日の陽気で一気に満開となった花々を一目見たいと、隠岐が無理矢理に頼み込んで叶った外出であった。そんなやり取りをしている日々の間にもすでに花弁を散らし始めていた木々は、この日も時折吹く風に遠慮なく薄桃色を乗せていて、その無常さを嘆いていた隠岐がふとガードレールの下の川を覗き込んだ。
 
 「……見て、先輩」
 「こらまた、えらいもんやな」
 
 そこには、吹かれた花弁達が浮かんで、一面ピンク色となった水面が風とゆらゆら愉しんでいる光景が、一本の線のようにずっと向こうのほうまで続いていた。隠岐に強めに促されてようやくまともに景色を眺めた水上も、それにはさすがに感嘆の声を上げていた。
 
 「咲いてまえば、期限が過ぎようと楽しみ方はいろいろ、ってことですかねえ」
 「うまいこと言うた顔やめえや」
 
 隠岐は口を開けて笑い、水上もそれにつられて、しかし隠岐には見えないように口端に笑みを浮かべる。ガードレールに手をついて、その木々よりも落ちた花弁のほうをふたりでしばらく眺めていた。その時間を噛みしめるように、隠岐がぽつりと言葉を溢す。
 
 「隣におらんでもええけど、たまには一緒に楽しみたいん、わかってくださいよ」
 「……自分もな」
 「しょっぱいなあ」
 
 そう言って、また少し先を歩く隠岐に向ける水上の顔とその言葉の意味に気づくのはまた一年後、同じ場所をふたり並んで歩いたときにようやく知ることになるのだろうけれど、後ろ歩きで転びそうになりながらも前を行く今の隠岐には、まだ難し過ぎる言葉遊びだった。




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