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雑煮の朝

 元旦。外は雪がちらちらと舞っている。道路はまだアスファルトが見えているので、積もらないだろうと高を括るも、体の表面から凍ってしまいそうな気温に迅は思わず上着をもう一枚引っ張り出す。
 ただいつものように夜を過ごし朝を迎えただけなのに、昨日は祭りのような一夜だったし、朝を迎えれば特別な一日が始まったように感じる。寝る直前まで食べていたので若干もたれつつある胃のあたりをさすりながら、コタツの上の空になった激辛ペヤングの容器をふたつキッチンへと片付け、鍋に水を入れて火にかける。うっすらとしか覚えていないが、寝る前にこんなものを食べていたのかと若干後悔する。そういえば、年越し焼きそばだと騒ぎながら、夜寒い中わざわざコンビニに出かけたのだ。おかげで冷蔵庫には元々買ってあった蕎麦が寂しそうに冷えていた。
 
 「あけおめー」
 
 そこで、目を覚ました太刀川が寝癖のついた頭でリビングへとやってくる。腹減った、と言いながらキッチンを覗き込んでいるその姿に、胃腸まで強いのかと少しだけ羨ましくなる。
 
 「お、餅だ」
 「太刀川さんちのお雑煮ってどんなの?」
 「雑煮なー、ばあちゃんちのは肉も野菜もいっぱい入ってたけど、うちの雑煮はシンプルだったな。母親の実家の方の、汁に菜っぱだけのやつ」
 「へえ、いいねそれ。採用」
 
 てかそれくらいしかないんだけど、と思いながら沸いた鍋に顆粒出汁を目分量で突っ込み、適当に調味料で味を整え、大量に転がっている角餅を五つ、個包装から取り出して鍋に放り込む。生鮮品を買い出ししておらず空になった野菜室に絶望するも、冷凍庫にあったカットほうれん草に助けられなんとか元旦の朝食が形になりそうだ、とほっとするのも束の間。
 
 「え……めちゃくちゃくっつくんですけど」
 「餅はなー、意外と扱いが難しいんだよなー。代わるか?」
 「……」
 
 無言で菜箸を太刀川に渡すも、鍋の中でひとつになった白い塊を見て、太刀川も何も言わず菜箸を迅へと返す。
 
 「もう適当でいいか……」
 「食えればなんでもいいぞ」
 
 その塊を無理矢理椀に分け、汁だけは一応丁寧に注ぐ。特に多めに餅をよそったほうは、ちゃんとほうれん草の向きも整えて。いつのものかわからないパックの鰹節があったので、ほうれん草の上にかけてみる。あれ、意外と良いんじゃないか。
 
 「お、美味そうじゃん」
 「でしょ?」
 
 昨日からの物で溢れているコタツの上にふたり分の雑煮を置くと、普段の景色にも一応正月感が滲み出る。手を合わせ、さっそく餅に齧り付いている太刀川を見ていると、本当にいつも通りだなあと微笑ましく思う。
 
 「そういえば、忍田さんから年賀状来てたよ」
 
 先程ポストから持ってきておいた年賀ハガキを太刀川に見せる。すると、それを見た途端、餅で血行の良くなっていた顔がさっと青くなった。
 
 「やべえ、俺書いてなかった。怒られる……」
 
 そう言うと食べかけの椀を置き、色々な引き出しを漁り始める。いつもなら餅に関しては一度食べ出すと何があっても食べることをやめないのに、やはり忍田さんの教育というのは素晴らしいのだな、と迅は感心するほかなかった。
 
 「なあ迅、去年のハガキしかなかったんだけど……この牛黄色に塗ったら虎に見えると思うか?」
 「草食動物に肉食動物の格好させるのはさすがに可哀想だからやめときなよ……」
 「だよなあ、ちょっとコンビニ行ってくるか……」
 「ん、けどまあ、大丈夫じゃない?」
 
 焦る太刀川に、迅はハガキをくるりと裏返して宛名書きのほうを見せる。
 
 「おれと太刀川さん宛に一枚で送ってくれてる。太刀川さん、忍田さんに一緒に住んでること言ったの?」
 「え、ああ……言ったような気もするし、言ってないような気もする」
 「いや、別に忍田さんなら良いけどさ…それにおれも今年は、忍田さんに年賀状出したから……ふたり分の名前で」
 「え、マジか」
 「うん。だから、一応おれたちから出してるってことになるし、大丈夫だと思うよ」
 「迅……お前、見えてたのか」
 「……ほら、だから早く食べちゃってよ。今日も任務なんだし」
 「おお、そうだった」
 
 そうして太刀川は牛の鳴く去年の年賀ハガキを片付けると、コタツに入り再び箸を持つ。太刀川の椀と口の間で餅が伸びるのを見ながら、迅は置かれた年賀状に再度目を落とす。そこに縦に並ぶ、「太刀川慶 様」と「迅悠一 様」の文字。別に結婚して名字が変わったわけでも、大々的に人生が変わったわけでもないのに、なぜかそれを見るときゅうと心が締め付けられた。
 ここに住むようになって揃えたふたり分の食器や歯ブラシ、玄関に置かれた二本の鍵。そういったものを見ても今まで特に何も感じなかったのに、ここに人の手で届けられた郵便物に自分の名前が載っていることに、どうしようもない喜びを感じてしまっていた。
 
 「食わないのか?遅れるぞ」
 「……あ、うん。食べる食べる。太刀川さんみたいに餅に慣れてないからさ」
 「じゃあこれから毎日餅でもいいぞ?」
 「それもいいかもね」
 「おわ、断られると思ってた」
 「このお雑煮美味しい。毎日これでもいいや。楽だし」
 「……きな粉餅も食いたい……」
 「ふ、冗談だよ」
 
 体が温まってきた迅が上着を脱ぎながら窓の外を見ると、さっきまで舞っていたら雪はもう止んでおり、ゆるやかな日差しが当たり始めていた。元日の任務は初めてではないけれど、なんだか良い一年のスタートが切れそうな予感がしていた。サイドエフェクトを使わなくてもわかる、未来というよりも、自信のようなものだった。
 
 「……太刀川さん」
 「ん?」
 「来年も、よろしくね」
 「まだ今年も始まったばっかだぞ」
 
 椀の中の鰹節は、新年を祝うようにいまだゆっくりと踊っていた。





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