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三途の川

 薄曇りの太陽を反射して白んだ水面と白い砂が同化して、境目がよくわからなくなった海を見下ろす。とりあえず海に行こう、といういつも通りの顔をした太刀川の誘いに、迅は脊髄反射で頷いた。そうしてやってきた海は柔らかな天候の中で凪いでいて、真っ白な世界を作り出していた。
 
 「なんか、海っぽくねえな」
 
 波打ち際から少し離れた砂浜にそのまま腰を下ろし、ふたりでぼうっとその静かな海を眺めていた。時たま太刀川がなんでもないようなことを口に出し、それに迅がうん、と頷くだけの時間がしばらく続いた。それでも目の前の海は変わらず、寄せては返すを淡々と繰り返していた。
 
 一時間ほど経った頃、急に思い立ったように迅が立ち上がった。そしてそのまま歩き出し、波の立たない波打ち際に足を踏み入れる。ぱしゃん、と水なのに乾いたような音を立てて、濡れるのも厭わずに進んでゆく。迅が膝まで海に入った頃、太刀川も立ち上がってその後をついていく。ぱしゃん、ぱしゃん。後ろから聞こえてくる軽い水音に、迅は腰まで浸かったところで足を止めた。
 
 「来ると思った」
 
 迅の言葉は小さく重く、そのまま海にとぷんと沈んだ。太刀川はそれを拾い上げても、返すことはしなかった。
 迅には振り返らずとも見えていた。水の中から出た黒い無数の手が、太刀川を今にも引きずりこもうとしているのを。ついてくるなよ。それが見えないのか?と吐き捨てたくなった。自分より浅い位置にいるくせに、自分のほうには近づこうともしないその手がどうしても憎らしかった。
 
 太刀川は動きを止めた迅に構わず近づく。そしてぴたりと横に並んで、何も言わずにその手を握った。
 
 「そりゃあ、来るだろ」
 
 もう、黒い手は見えなくなっていた。





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