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輪っかがくれたもの

 「太刀川さんは、指輪とかしないの?」
 
 そう聞かれて、太刀川は複雑な顔をした。間の悪いことに、ちょうどスナック菓子を指にはめながら食べていたときだったというのもあったが、それ以上に、恋人の薬指で光る環が持つ意味を、一から説明しなければならないことに少々気が滅入った。
 
 「それ、一応婚約指輪のつもりだったんだけど」
 
 そう伝えてもまだ腑に落ちていないのか、迅は先ほどからまったく表情を変えずにこちらを見ていた。
 
 「男は婚約指輪とかしないんだろ?」
 「……おれも男なんだけど」
 
 それは、前回の勝負に勝って半ば無理矢理付けさせたようなものだった。サイドエフェクトで全部わかっているくせに、ちょこまかと回避されてつい意地になった。そんなおかしな展開になったせいで、そのときはプロポーズなんて雰囲気じゃなくなってしまったのだ。結果的に指輪は向こうの手に渡ったが、ただそれだけで、ふたりは結局いつも通りの生活を続けていた。
 
 「まあたしかに、太刀川さん指輪似合わなそうだもんな」
 「たしかにってなんだよ」
 
 迅はそう言うと向かいから手を伸ばし、太刀川の左手を取ると無骨なその指を一本一本触りながら、なにかを確かめるように眺め始めた。そのまま好きにさせていたが、視線はつい迅の左手の指輪に向く。スラリと伸びる白い肌のその指に、未だ不馴れな輝きが収まっている。最初は恥ずかしいから指には付けないと言っていた迅も、それから毎日無言で左手を見つめてくる太刀川に観念し、今では本部に行くとき以外はちゃんと付けているようだった。
 
 「うーん……よし、」
 
 しばらく左手を弄んでいた迅が、なにかを思いついたように顔を上げる。
 
 「太刀川さんの指輪、おれが選んでいい?」
 
 そして、どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、太刀川の顔を覗き込んだ。自分のことじゃなければこんなに感情を表に出せるんだな、と複雑な気持ちになる。
 
 「さっき自分で似合わないって言ってただろ」
 「まあまあ、責任持って一番似合うの用意するからさ。それまでは……」
 
 そこでテーブルの上のスナック菓子をひとつ手に取り、太刀川の左手を持ち上げると、薬指に押し込んだ。そこまで大きくないその輪は、不恰好にも第一関節ほどで止まっていた。あれ、入んないや、と真面目にぽかんとして言う迅に、笑いが堪え切れずついに吹き出してしまう。
 
 「そんなに笑わないでよ」
 「いや、ごめん。けどおまえやっぱ面白いな」
 「いいけど、それまではこれで我慢しといて」
 
 拗ねたように目線を外す迅にまた笑いが漏れる。結局こんなタイミングだったが、太刀川はその左手で迅の右手を取ると、その目線を引き戻した。
 
 「じゃあ、これから毎日こうやってはめてくれるか?」
 
 その言葉に、少し経ってやっと意味を理解したのか、最初は目を丸くした迅の頬がだんだんと染まっていく。触れている右手に熱が灯る。目を合わせていられなくなったのか、目線が左手の菓子の環に落ちる。そしてしばらくすると、ふっと短い笑い声が漏れ、また楽しそうに笑う顔と目が合った。
 
 「……それ、やっぱり似合わないね」
 
 それに釣られて笑うと、少し余裕を取り戻した迅が、左手で太刀川の薬指の環を引き抜いて口に放り込んだ。うまいうまい、と軽い音を立てて胃に消えていったその約束の指輪の味を確かめるために、身を乗り出して唇を合わせた。未だ掴んだままだったその右手がぴくりと震えたが、そのまま静かに受け入れていた。
 
 「また明日、よろしくな」
 
 空になった薬指を見てふふ、と笑うその唇は、ほのかにコンソメの味が香っていた。
 




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