呼ばれる理由
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……ねえ井宿。今日はうちでご飯、食べていかない?」
それはとても唐突だった。
バスを待つ間、他愛もない会話の合間に入ってきた。
今……なんて言われたのだろう。
少しだけ思考が止まった。
「ダメ?今夜もいつものお店がよかった?」
「……い、いや……!奏多の家が……いい」
「じゃあ決まりね!材料はあるのよ!」
危うくいつもの店になりそうになる所を必死に引き止めたのはそんな言葉だった。
言っておいて何だが、少し露骨だったんじゃないだろうか。
「毎日外食じゃ申し訳ないなって。いつも出してくれるし。家に帰るバスに乗りましょ」
そんなことか。気にしなくていいのに。
会える日を待ちわびて貯蓄は困らない程度までしてあるのに。
「……本当に、行っていいのか?」
「いつも送り届けてくれてたじゃない」
「そうじゃない。入っても、いいのか?」
「ええ。もちろん!いいに決まってるわ」
「…………」
……深く考えるな。
きっとこれは君の悪いくせだ。
君は何も考えずに……いつだって意味深なことを言ってきた。
でも、今は……奏多は俺の……恋人だ。
それから俺は少し上の空だったと思う。
我ながら情けない話だ。
いや、でも期待しない男は……いないんじゃないだろうか。
「どうして今日は家に呼ばれたんだろうって顔ね」
「……………」
「今度はなぜバレたんだ?って顔してる」
「……どう、して………」
奏多にそう指摘されるとは思っていなかった。
慌てて顔が見えないように逸らした。
「ふふ、私だって井宿の顔色くらい読めるわ。さすがにもうお面なんてないし」
面……。
そうか。
もう、俺は……隠す傷も、ないのか。
ペタ、と頬に触れた。
いつもの……そして、人間の肌だ。
左目だって……触ればまつ毛に触れた。
「目……見えるようになってよかったね」
「………そう、だな」
「……………」
互いに言葉がその後続かなかった。
奏多の顔を垣間見た。
まっすぐ、前を見つめていた。
物心ついた時から、鏡を見ては左目に触れた。
なぜ見えているのか。
なぜ開けていられるのか不思議だった。
“井宿”だったころの記憶はある。
だから……左目のことも覚えているし、見えることに何よりも違和感を感じた。
割り切ればいいのかもしれない。
もう、新たな人として転生しているのだから。
でも……記憶は……気持ちは、そう素直になってくれなかった。
ましてや奏多から“井宿”と呼ばれ続けるものだから、間違いなくあの頃の自分に戻っていった。
「さあ、どうぞ」
奏多の家についた。
いつも奏多が入るまで見送っていた玄関が今、目の前で開いている。
「お邪魔します」
「ま、律儀ですこと」
確かに。
笑っていた奏多に釣られて少しだけ頬が緩んだ。
靴を脱いで部屋に上がる。
数歩歩くと、右前方にリビング。その手前にキッチン。
そして左手には彼女の寝室へと続くドアが見えた。
ああ。初めて入ったはずなのに俺はしっかり覚えている。
ここは確かに来たじゃないか。
“オイラ”………が。
「………懐かしいのだ」
リビングに足を踏み入れて、口から自然に出ていた。
紡がれた言葉にハッとすると同時に背後から息を呑む音が聞こえ、体にトンっと衝撃が来た。
ぐらついたのも一瞬で、自分に何が起こったのかはすぐにわかった。
後ろから付いてきていた奏多が、俺の背中に抱きついてきていた。
「奏多?」
「………ちちりっ………」
ああ……聞こえていたか。
俺が井宿のように喋ると、君は喜ぶ。
それはもうわかっていた。
だから敢えて、使わないようにと……心掛けていたんだ。
少しだけ……抵抗……していたのかもしれない。
だけど……もう……。
「わかった……のだ……」
この部屋に入ってきてから、一気に押し寄せてくる、“井宿”としての感情。
俺はそれに……負け始めていた。
それはとても唐突だった。
バスを待つ間、他愛もない会話の合間に入ってきた。
今……なんて言われたのだろう。
少しだけ思考が止まった。
「ダメ?今夜もいつものお店がよかった?」
「……い、いや……!奏多の家が……いい」
「じゃあ決まりね!材料はあるのよ!」
危うくいつもの店になりそうになる所を必死に引き止めたのはそんな言葉だった。
言っておいて何だが、少し露骨だったんじゃないだろうか。
「毎日外食じゃ申し訳ないなって。いつも出してくれるし。家に帰るバスに乗りましょ」
そんなことか。気にしなくていいのに。
会える日を待ちわびて貯蓄は困らない程度までしてあるのに。
「……本当に、行っていいのか?」
「いつも送り届けてくれてたじゃない」
「そうじゃない。入っても、いいのか?」
「ええ。もちろん!いいに決まってるわ」
「…………」
……深く考えるな。
きっとこれは君の悪いくせだ。
君は何も考えずに……いつだって意味深なことを言ってきた。
でも、今は……奏多は俺の……恋人だ。
それから俺は少し上の空だったと思う。
我ながら情けない話だ。
いや、でも期待しない男は……いないんじゃないだろうか。
「どうして今日は家に呼ばれたんだろうって顔ね」
「……………」
「今度はなぜバレたんだ?って顔してる」
「……どう、して………」
奏多にそう指摘されるとは思っていなかった。
慌てて顔が見えないように逸らした。
「ふふ、私だって井宿の顔色くらい読めるわ。さすがにもうお面なんてないし」
面……。
そうか。
もう、俺は……隠す傷も、ないのか。
ペタ、と頬に触れた。
いつもの……そして、人間の肌だ。
左目だって……触ればまつ毛に触れた。
「目……見えるようになってよかったね」
「………そう、だな」
「……………」
互いに言葉がその後続かなかった。
奏多の顔を垣間見た。
まっすぐ、前を見つめていた。
物心ついた時から、鏡を見ては左目に触れた。
なぜ見えているのか。
なぜ開けていられるのか不思議だった。
“井宿”だったころの記憶はある。
だから……左目のことも覚えているし、見えることに何よりも違和感を感じた。
割り切ればいいのかもしれない。
もう、新たな人として転生しているのだから。
でも……記憶は……気持ちは、そう素直になってくれなかった。
ましてや奏多から“井宿”と呼ばれ続けるものだから、間違いなくあの頃の自分に戻っていった。
「さあ、どうぞ」
奏多の家についた。
いつも奏多が入るまで見送っていた玄関が今、目の前で開いている。
「お邪魔します」
「ま、律儀ですこと」
確かに。
笑っていた奏多に釣られて少しだけ頬が緩んだ。
靴を脱いで部屋に上がる。
数歩歩くと、右前方にリビング。その手前にキッチン。
そして左手には彼女の寝室へと続くドアが見えた。
ああ。初めて入ったはずなのに俺はしっかり覚えている。
ここは確かに来たじゃないか。
“オイラ”………が。
「………懐かしいのだ」
リビングに足を踏み入れて、口から自然に出ていた。
紡がれた言葉にハッとすると同時に背後から息を呑む音が聞こえ、体にトンっと衝撃が来た。
ぐらついたのも一瞬で、自分に何が起こったのかはすぐにわかった。
後ろから付いてきていた奏多が、俺の背中に抱きついてきていた。
「奏多?」
「………ちちりっ………」
ああ……聞こえていたか。
俺が井宿のように喋ると、君は喜ぶ。
それはもうわかっていた。
だから敢えて、使わないようにと……心掛けていたんだ。
少しだけ……抵抗……していたのかもしれない。
だけど……もう……。
「わかった……のだ……」
この部屋に入ってきてから、一気に押し寄せてくる、“井宿”としての感情。
俺はそれに……負け始めていた。