短編小説
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「なあ、愛奈。ちょっと一緒に買い物に行かないか?」
「え?私とか?別に良いけど…何か欲しい物があるのか?」
宿屋でクラトスと武器の手入れをしていると、ロイドがノックも無しに部屋に入ってきて買い物に誘ってきたので、クラトスは深い溜息を吐いて呆れていた。
「ロイド…部屋に入る際はノックをしなさい」
「あ…ごめん。で、ちょっと愛奈を借りても良いか?」
「…愛奈は母となったのだ。呼び捨てで呼ぶのは関心せんな」
「クラトス、私もロイドも急にそんな関係になって戸惑っているんだから、今は今まで通りで良いって」
長い説教が始まりそうだったので、私はまあまあと諫め、手入れをしていた武器を指輪に仕舞うと支度を始める。買い物くらいならば軽装備で良いかと大して装備を付けずに行こうとするとクラトスに手を引かれた。
「愛奈、その装備で行くつもりか?」
「そうだけど?何かあったら指輪から出すなり創り出すから大丈夫だって」
「…念の為、という事もあるだろう。もう少し身に着けるのだな」
「俺の信用ねーなー…」
「そうではない。複数の敵に囲まれた際、お前は愛奈を守りながら戦えるか?そして、愛奈が暴走した際止められるのか?」
「私が暴走とか失礼過ぎなーい…?」
流れ弾を喰らった私は頬を膨らませていじけると、クラトスは整った顔つきでくすりと笑い、そういじけるな事実だと付け加えるが何一つフォロー出来てもいなければ余計に失礼だと思った。
「まあ…心配してくれてるのは分かったよ。もう少し良い装備を付けてくかな」
こうして重装備、とまではいかないが、一人で三英雄を倒せそうな位の装備を身に着けてロイドと二人街へと買い物に向かった。
「そういやあ、聞きそびれたな。何で私と二人で買い物に行きたかったんだ?」
「ん?ああ、買い物ってのはその…口実で…二人で出掛けたかったんだ」
屋台で買い食いをしながら質問すると、ロイドは屋台で買った肉串を囓りながら少し照れ臭そうにそう答えた。やっぱり、まだ親子としてってのは恥ずかしいのかな。まあ、同じ歳だし母として見るってのは難しいのも分かる。
「何時か母さんって自然に呼んでもらえるまでは親友って事で」
「……そう、だな。あ、何か祭がやってるみたいだぜ!」
「わっ…!急に引っ張んなって!それに走っていったら転ぶ…ぞおぉ!?」
「大丈夫だっ…て……!?」
ロイドが広場でやっていた祭を見付け、私の手を勢いよく引っ張って走り出すので、私は足が縺れロイドを巻き込んで転んでしまう。その転んだ先が階段になっており、私は咄嗟にロイドを庇う様に抱き抱え下敷きになったお陰でロイドは大怪我をする事無く軽傷で済んだ。
そう、私と頭をぶつけたんこぶを作った程度で済んだ。
「いてて…大丈夫か…?ロイド…」
「ああ…俺は何とか…ごめん…」
私達は街の人達に囲まれながらお互いの傷を確認していたが、其処で私は違和感に気が付いた。
「…何で…私が目の前に居るんだ?」
「…俺が目の前に居る…!?」
漸く身体の違和感にお互いが気付き、改めて自分の身体を確認すると、私はロイドに。そして、ロイドは私に入れ替わっていた。なんてこった…只でさえロイドの不注意で怪我をしたのに、更にこんな事になったとクラトスが知れば…ああ、想像するだけでも震えが止まらなくなってきた。
しかも、その説教と仕置きを喰らうのは間違いなく私だ。
「…ロイド…いや、愛奈。此処は一つ、お互いの為にも芝居を演じようぜ」
「あ、ああ…愛奈…じゃなかった、ロイド」
お互いに呼び合ってみるが、違和感しかないが仕方がないね。思わぬ所でボロを出さぬよう、私達はもう少し祭を見るなりして街を歩く事にした。
「なあ、愛奈!あれ、食ってみようぜ!」
「愛奈…じゃなかった、ロイド。あまり食ったら夕飯入らなくなるぞ?てか、何でそんなに俺を演じられるんだよ…」
「沢山見てきたからな。それより、愛奈は俺なんて言わないから気を付けろよー?」
「分かってるって…。それより、この身体になったって事はお…私も術とか創造の力とか使えるのか?」
「さあ?分かんないけどやってみれば良いんじゃないか?」
何本目かになる肉串を頬張りながら適当に返すと、ロイドは目を輝かせて試しに行こうと、街の外に出ていった。正直な所、私もロイドの身体になって出来る事出来ない事を把握しておきたかった。知れば、より完璧にロイドを演じる事が出来るだろうしな。
「えっと…どうすれば良いんだ?」
「そうだな…取り敢えず、術のイメージが想像出来るなら詠唱無しで術名を言ってみれば良いんじゃないか?」
「えーと……ジャッジメント!!」
「そうそう、そんな感じ……って、バカ野郎!こっちに向かって放つな!」
私が言った通りに術名を高らかに唱え、此方に掌を向けて放つので案の定ジャッジメントが此方へと放たれた。幸いにもロイドの運動神経が良かったので全て躱すことが出来たが、一発でも当たると痛いじゃ済まされないからな!
「でも出来たぞ!すっげー!」
「はいはい。ただ、程々にしておいた方がいいぞ。いつ何時誰が見てるか分からないからなー…。ったく、こんな大技撃ったら父さんが飛んでくるぞ…」
「ははは、そんな訳あるかよ」
「愛奈、それフラグだぞ」
「へ?」
「愛奈!ロイド!今の光は何だ…!」
「ほら見ろ……」
ぽんぽんとフラグを立てていくロイドに私は指摘してやると、本当にクラトスが文字通り飛んでやってきてしまった。私達は顔を見合わせて口裏を合わせるぞとアイコンタクト送ると、私はクラトスに近付いて説明を始める。ロイドに説明なんかさせたらボロが出かねないしな。
「悪い、父さ…クラトス。俺が愛奈に稽古を付けてくれって頼んで街の外に出たら、魔物に囲まれちまってさ…思ったよりも数が居たから愛奈がジャッジメントで片付けてくれたんだ。だから、愛奈は怒らないでやってくれよ…」
「そういう事だったのか…」
「…ごめん、クラトス」
私、基ロイドを庇いながら説明をすると、クラトスは疑う素振りを見せず私の言葉を信じて納得してくれたので、どうにかやり過ごす事が出来た。元に戻った時にでも説明して謝っておかないとな。
「二人とも無事だったのなら、それで良い。それよりも、祭がやっていたみたいだが…」
「ああ、愛奈と二人で行ったぜ。良かったらクラトスも一緒に行かないか?美味い屋台とかも一杯出てたぜ?な?愛奈?」
「お、おう。私も結構食べたけど、まだまだ食べれるぞ!」
「…フッ…では、私も共に見て回るとしよう」
私達の頭を優しく撫で無事を喜ぶクラトスに罪悪感を感じながら、私達は街の方へと戻り、家族水入らずで祭を楽しんだのだった。
「はー、食った食った!」
「二人とも沢山食べていたが、夕飯は入るのか?」
「入る入る。なあ?愛奈?」
「え?ああ、夕飯くらいなら大丈夫だって」
「いや、愛奈はもう少し控えなさい。ずっと食べていただろう?太っても構わぬのなら止めはせんが…」
「別に構わないっ…いってぇ!」
「少しは気にしろよな」
日も暮れてきたのでそろそろ皆が居る宿へと戻る最中、ロイドがボロを出しそうだったので私は自分の身体だが強めに小突いて気にしろと言う序でに、目でこれ以上喋るなと念を押すとロイドはこくこくと頷いた。全く、先が思いやられるなこりゃ。寝て起きて戻っていればいいんだけど…。
夕食も済み、いよいよ懸念していた事が起きようとしていた。その懸念とは…風呂だ。私はクラトスの身体を何度か見ているから男性の裸を見るのに其処まで抵抗は無いが、ロイドはそうもいかないようだ。
「愛奈、風呂に入ってきなさい」
「え!?」
「…?どうしたのだ?それとも、一人では入れぬか?」
「そ、そういう事じゃないけど…!」
「愛奈、汗掻いたんだからさっさと入ってこいよ」
ロイドの言葉に一瞬怪しむクラトスにこれは不味いと、強く睨み付けながら早く入って来る様言うと、ロイドは渋々洗面用具と着替えを持って風呂へと入っていった。
私も入ろうと着替えを取りにロイドの部屋へと向かおうとしたその時、私はクラトスに肩を掴まれた。
「ロイド、少し良いか?」
「何だよ。俺も風呂に入ってこようと思ったんだけど…?」
「…愛奈の様子が可笑しいのだが、何か心当たりはあるか?」
不味い。これは非常に不味い。きっと多少なりとも何かあったと疑っているに違いない。此処は上手い事誤魔化して早くこの場を離れた方が良さそうだな。
「可笑しい?愛奈が可笑しいのなんて、今に始まった事じゃないだろ?」
「それはそうなのだが…ロイド、二人で居る時に何かなかったか?」
「何か…愛奈が俺を巻き込んで転けそうになった位かな。愛奈が庇ってくれたし、愛奈も直ぐに自分で回復したから大事には至らなかったよ」
「…そうか」
本当の事を交えて誤魔化すが、やはり嘘を吐く度にキシキシと心が痛み罪悪感に苛まれる。そんな事を知る由もないクラトスは安心した様子で此方を見て微笑む。一瞬どきりと心臓が跳ねときめくが、ロイドの姿でそんな素振りを見せれば、色々な意味で問題があるので此処はぐっと堪える。
「じゃあ、俺もそろそろ風呂に行くよ。…父さんも早く入って休めよ?」
「ああ、そうさせてもらう」
漸く部屋から出る事が出来、やっと気を抜けるとそう思ってた矢先に、風呂に入りに行った筈のロイドが少し離れた場所で何かと葛藤していた。
「そんなとこで何やってんだよ」
「愛奈か…!俺、風呂に入ろうとしたんだけど…コレット達が風呂に入るとこ見ちまって…入るには入れねぇんだよ!」
「ばっか…!大きな声出すなって!クラトスに聞かれたらどうすんだよ!」
「愛奈だって大声出してんじゃねぇかよ!」
「私が…どうかしたのか?」
「げぇっ!クラトス!?」
クラトスが居る部屋の近くで二人して言い合いをしていると、背後からクラトスの声が聞こえ二人して其方を向くと、ぎらりと鋭い目付きで此方を睨むクラトスが直ぐ其処に立っていた。
私とロイドはその恐ろしさに、冷や汗をだらだらと止めどなく流しながら震えていた。
「何故互いに自分の名を呼び合っているのか…無論説明してくれるのだろうな?」
地を這う様な低い声で問われ、ロイドに至っては此方を見てどうしようと震えていたので、私はロイドの手を引き肩に担ぎ上げると、廊下の窓から飛び降りて逃げる事を選択した。
こうして母子VS父による壮大な鬼ごっこが始まった。
「ロイド!正気に戻れ!街中走ってるだけじゃ追い付かれる!」
「じゃあ、どうしろってんだよ!…うわっ!クラトスの奴、すげぇ勢いで飛んでくるぞ!」
「今のロイドにも天使の羽があるだろ!」
家々の屋根を跳んで、鬼の形相をしたクラトスから逃げ回っているが、相手は全速力で空を飛んでいるのだ。追い付かれるのは時間の問題だろう。
私はロイドに羽を出すよう指示をすると、漆黒の羽を出して今度は私を抱えて飛び出した。
しかし、初めて飛ぶロイドがまともに飛べる筈も無く、結果再び私が担ぎ上げて路地裏へと逃げ込むハメになったのだった。
「路地裏なら飛んでは追ってこられないだろ…」
「ごめん…」
暫く路地裏を通ってクラトスから距離を取ると、物陰に隠れるように座って様子を見る私達。気配も音も感じない。どうやらそれなりに距離は稼げたようだ。
「仕方ないって。飛んだ事ないのに急に飛んで逃げろなんて無理だしな。それよりも、右手に嵌めてある指輪を此方に渡して。そんで一言『全部許可する』と言ってくれ」
「え?あ、ああ…『全部許可する』。これで良いのか?」
「……どうやら問題無いみたいだな。えーと…そうそう、これこれ」
許可が下りた指輪はロイドの身体であっても全て使用できるようになっており、アイテムを物色して以前使った透明になれるマントを取り出して指輪を元の位置に戻した。
「ロイド、私にくっついて」
「はっ…!?」
「良いから早く。あと、静かにしろや」
「は、はい…」
少々キツい言い方で此方に身を寄せるよう言うと、そろそろと私にくっついたのでふわりとマントを被って姿と気配を消した。
どの位経ったか分からないが、その場で動かずに息を潜めて隠れていたその時。遂にこの場所を嗅ぎ付けたのか、それとも虱プレスで探しに来たのかは分からないが、クラトスが静かに此方に近付いてきた。
その様子を、私達はただただ震えながら静かに息を潜め、早くこの場を去らないか祈っていた。
しかし、祈りは届かなかったのであった。
「…全く…二人は一体何処へ行ったというのだ…。ただ、話が聞きたかっただけなのだが…」
「「………」」
「何があろうと、あの二人に対して怒る事などある筈が無いというのにな…」
嘘だ。絶対にあれは嘘だ。あれは私達を油断させ誘き出す為の演技だ。そう私は分かってはいるのだが、残念ながらロイドはその演技を信じてしまい、つい飛び出してしまった。
ああ、なんという事でしょう。
「ごめん、クラトス!俺…!」
「ばっ…それは罠だ、ロイド!!」
「え…!?」
「愛奈…いや、今はロイドだったか。先ずは一人」
クラトスの前に飛び出してしまったロイドは哀れにもクラトスに捕まってしまい、アイアンクローで捕獲されてしまった。心なしか私の頭がミシミシと軋んでいる気がしないでもない。あの、それ一応お前の嫁の身体なんだが…。
「あ”がががっ!痛いって!!」
「さあ、次は愛奈の番だ」
「………」
じたばたともがき苦しむロイドを冷ややかな目で見詰めながら、今度は私の番だと凍てつくような冷たい声色で呟くクラトスの口端は、微かに弧を描いていた。目は笑ってないけどな。
非常に心苦しいが、私はロイドを生け贄にし透明マントを被ったまま足音を消して逃げ出した。背後からロイドの悲鳴が聞こえるが、考えも無しに飛び出したロイドの所為だ。無視を決め込んで足を止める事無く走り続けた。
「はあ…はあっ…ふっ…つ、疲れた…」
一体どれだけ走ったのだろうか。空はもう暗くなり、街灯は転々と灯り、家々の明かりも点いて夜だというのに街中は隠れる場所が無くなる程明るくなっていた。
しかし、歩く人達に紛れて歩けば此方は姿を消しているのでバレる事無く戻る事が出来るだろうと踏み、私は敢えて大通り歩いた。
「……」
無言でただただ宿に戻る為に足を進めていると、派手な祭の明かりに目が行ってしまい、思わず余所見をして足を止めてしまった。
マントを被っていなければ人は私を避けるだろうが、今の私は姿も見えぬ状態で気配も消していたのでその所為で私は誰かにぶつかり尻餅をついてしまった。
「った…!あ、す、すみませ……」
「此処に居たのか、愛奈…」
慌てて起ち上がってぶつかってしまった人に頭を下げて謝ると、今一番会いたくはなかった者の声が聞こえ、ひゅっと私の口からは声にならない悲鳴が上がった。
「ク…ラ…ト…ス……!?」
「随分と探したぞ。ロイドはもう宿へ戻った…私達も戻るぞ」
一体何をされるのかとガクガクブルブル震えながらクラトスの顔色を伺っていると、意外にも…とは失礼かもしれないがこれ以上何も言う事はせず、踵を返して宿へと向かって歩き出した。
「あ、あのー…クラトスさん…?」
「…何だ」
「これ以上何も言わないのか?説教とかお仕置きとか…」
「してほしいのか?」
「そういう訳じゃないけども…」
「ならば良いだろう。これでこの話は終わりだ、行くぞ」
それ以上クラトスは本当に宿に着くまで何も言う事は無かった。説教や仕置きよりも無言が何よりも一番堪えると、この時私は痛感した。
やはり、下手に隠したりするんじゃなかったな。
宿へと戻ってきた私達は、リフィルに今何時だと思っていると説教を喰らい、私に至っては尻叩きの刑に処される事となった。
ビシバシ叩かれた尻は赤く腫れ上がり、風呂に入る時に鏡で確認したら猿の尻の様であった。
「うう…こりゃ染みそうだな…」
ぶつぶつと呟きながら風呂に入り、身体を洗うとやはり激痛が走り、半ベソを掻きながら洗うハメになった。
やっとの思いで髪と身体を洗い終わって大きな浴槽へと入ると、叩かれた場所がピリピリと痛み、こういう時術が使えれば直ぐ治せるのにとぼやく。
暫く疲労を回復させる為にじっくり浸かって疲れを癒し身体を温めると風呂から上がった。
髪を乾かす際鏡を見ると、本当にクラトスそっくりだなと思わず笑ってしまう。親子似ている場所があるっていうのはちょっと羨ましいと思ってしまった。
「ふう、さっぱりしたー」
「愛奈…!!」
「うおぉっ!?」
上機嫌で部屋に戻ろうとしたら、後ろから勢いよくロイドが腰に飛びついてきたので、思わず前へ倒れそうになるのを何とか踏ん張って堪えた。
「な、何だ…ロイドか。いや、今は私がロイドか。ややこしいな」
「愛奈!お前、その状態で風呂に入ったのか!?」
「え?入ったけど?ロイドは?」
「うう…入ったけど、流石に女湯に入るのは抵抗があったから自室の風呂に入ったぜ…」
どうやらロイドは抵抗があったらしい。まあ、お年頃の男の子だし当然と言えば当然か。私は一切抵抗は無かったから、一切の迷い無く男湯へ直行したのだが。だって、男の身体はクラトスで見慣れているし、仮に見たからといって特別意識する訳でもない。
平然としている私に、ロイドはもうどうでもいいかと肩を落として自分の部屋へと戻っていった。その後ろ姿を見送り私も自分の部屋へと戻って眠りについた。
その後、寝て起きたら私の身体は元通りとなっていたが下半身に違和感があったので、取り敢えずロイドにタイキックを食らわせ水に流しておいてやった。。
入れ替わりってのは誰かがなっているのを見る分には面白いが、いざ自分がなってみると存外大変なのだと身をもって思い知った私であった。
「え?私とか?別に良いけど…何か欲しい物があるのか?」
宿屋でクラトスと武器の手入れをしていると、ロイドがノックも無しに部屋に入ってきて買い物に誘ってきたので、クラトスは深い溜息を吐いて呆れていた。
「ロイド…部屋に入る際はノックをしなさい」
「あ…ごめん。で、ちょっと愛奈を借りても良いか?」
「…愛奈は母となったのだ。呼び捨てで呼ぶのは関心せんな」
「クラトス、私もロイドも急にそんな関係になって戸惑っているんだから、今は今まで通りで良いって」
長い説教が始まりそうだったので、私はまあまあと諫め、手入れをしていた武器を指輪に仕舞うと支度を始める。買い物くらいならば軽装備で良いかと大して装備を付けずに行こうとするとクラトスに手を引かれた。
「愛奈、その装備で行くつもりか?」
「そうだけど?何かあったら指輪から出すなり創り出すから大丈夫だって」
「…念の為、という事もあるだろう。もう少し身に着けるのだな」
「俺の信用ねーなー…」
「そうではない。複数の敵に囲まれた際、お前は愛奈を守りながら戦えるか?そして、愛奈が暴走した際止められるのか?」
「私が暴走とか失礼過ぎなーい…?」
流れ弾を喰らった私は頬を膨らませていじけると、クラトスは整った顔つきでくすりと笑い、そういじけるな事実だと付け加えるが何一つフォロー出来てもいなければ余計に失礼だと思った。
「まあ…心配してくれてるのは分かったよ。もう少し良い装備を付けてくかな」
こうして重装備、とまではいかないが、一人で三英雄を倒せそうな位の装備を身に着けてロイドと二人街へと買い物に向かった。
「そういやあ、聞きそびれたな。何で私と二人で買い物に行きたかったんだ?」
「ん?ああ、買い物ってのはその…口実で…二人で出掛けたかったんだ」
屋台で買い食いをしながら質問すると、ロイドは屋台で買った肉串を囓りながら少し照れ臭そうにそう答えた。やっぱり、まだ親子としてってのは恥ずかしいのかな。まあ、同じ歳だし母として見るってのは難しいのも分かる。
「何時か母さんって自然に呼んでもらえるまでは親友って事で」
「……そう、だな。あ、何か祭がやってるみたいだぜ!」
「わっ…!急に引っ張んなって!それに走っていったら転ぶ…ぞおぉ!?」
「大丈夫だっ…て……!?」
ロイドが広場でやっていた祭を見付け、私の手を勢いよく引っ張って走り出すので、私は足が縺れロイドを巻き込んで転んでしまう。その転んだ先が階段になっており、私は咄嗟にロイドを庇う様に抱き抱え下敷きになったお陰でロイドは大怪我をする事無く軽傷で済んだ。
そう、私と頭をぶつけたんこぶを作った程度で済んだ。
「いてて…大丈夫か…?ロイド…」
「ああ…俺は何とか…ごめん…」
私達は街の人達に囲まれながらお互いの傷を確認していたが、其処で私は違和感に気が付いた。
「…何で…私が目の前に居るんだ?」
「…俺が目の前に居る…!?」
漸く身体の違和感にお互いが気付き、改めて自分の身体を確認すると、私はロイドに。そして、ロイドは私に入れ替わっていた。なんてこった…只でさえロイドの不注意で怪我をしたのに、更にこんな事になったとクラトスが知れば…ああ、想像するだけでも震えが止まらなくなってきた。
しかも、その説教と仕置きを喰らうのは間違いなく私だ。
「…ロイド…いや、愛奈。此処は一つ、お互いの為にも芝居を演じようぜ」
「あ、ああ…愛奈…じゃなかった、ロイド」
お互いに呼び合ってみるが、違和感しかないが仕方がないね。思わぬ所でボロを出さぬよう、私達はもう少し祭を見るなりして街を歩く事にした。
「なあ、愛奈!あれ、食ってみようぜ!」
「愛奈…じゃなかった、ロイド。あまり食ったら夕飯入らなくなるぞ?てか、何でそんなに俺を演じられるんだよ…」
「沢山見てきたからな。それより、愛奈は俺なんて言わないから気を付けろよー?」
「分かってるって…。それより、この身体になったって事はお…私も術とか創造の力とか使えるのか?」
「さあ?分かんないけどやってみれば良いんじゃないか?」
何本目かになる肉串を頬張りながら適当に返すと、ロイドは目を輝かせて試しに行こうと、街の外に出ていった。正直な所、私もロイドの身体になって出来る事出来ない事を把握しておきたかった。知れば、より完璧にロイドを演じる事が出来るだろうしな。
「えっと…どうすれば良いんだ?」
「そうだな…取り敢えず、術のイメージが想像出来るなら詠唱無しで術名を言ってみれば良いんじゃないか?」
「えーと……ジャッジメント!!」
「そうそう、そんな感じ……って、バカ野郎!こっちに向かって放つな!」
私が言った通りに術名を高らかに唱え、此方に掌を向けて放つので案の定ジャッジメントが此方へと放たれた。幸いにもロイドの運動神経が良かったので全て躱すことが出来たが、一発でも当たると痛いじゃ済まされないからな!
「でも出来たぞ!すっげー!」
「はいはい。ただ、程々にしておいた方がいいぞ。いつ何時誰が見てるか分からないからなー…。ったく、こんな大技撃ったら父さんが飛んでくるぞ…」
「ははは、そんな訳あるかよ」
「愛奈、それフラグだぞ」
「へ?」
「愛奈!ロイド!今の光は何だ…!」
「ほら見ろ……」
ぽんぽんとフラグを立てていくロイドに私は指摘してやると、本当にクラトスが文字通り飛んでやってきてしまった。私達は顔を見合わせて口裏を合わせるぞとアイコンタクト送ると、私はクラトスに近付いて説明を始める。ロイドに説明なんかさせたらボロが出かねないしな。
「悪い、父さ…クラトス。俺が愛奈に稽古を付けてくれって頼んで街の外に出たら、魔物に囲まれちまってさ…思ったよりも数が居たから愛奈がジャッジメントで片付けてくれたんだ。だから、愛奈は怒らないでやってくれよ…」
「そういう事だったのか…」
「…ごめん、クラトス」
私、基ロイドを庇いながら説明をすると、クラトスは疑う素振りを見せず私の言葉を信じて納得してくれたので、どうにかやり過ごす事が出来た。元に戻った時にでも説明して謝っておかないとな。
「二人とも無事だったのなら、それで良い。それよりも、祭がやっていたみたいだが…」
「ああ、愛奈と二人で行ったぜ。良かったらクラトスも一緒に行かないか?美味い屋台とかも一杯出てたぜ?な?愛奈?」
「お、おう。私も結構食べたけど、まだまだ食べれるぞ!」
「…フッ…では、私も共に見て回るとしよう」
私達の頭を優しく撫で無事を喜ぶクラトスに罪悪感を感じながら、私達は街の方へと戻り、家族水入らずで祭を楽しんだのだった。
「はー、食った食った!」
「二人とも沢山食べていたが、夕飯は入るのか?」
「入る入る。なあ?愛奈?」
「え?ああ、夕飯くらいなら大丈夫だって」
「いや、愛奈はもう少し控えなさい。ずっと食べていただろう?太っても構わぬのなら止めはせんが…」
「別に構わないっ…いってぇ!」
「少しは気にしろよな」
日も暮れてきたのでそろそろ皆が居る宿へと戻る最中、ロイドがボロを出しそうだったので私は自分の身体だが強めに小突いて気にしろと言う序でに、目でこれ以上喋るなと念を押すとロイドはこくこくと頷いた。全く、先が思いやられるなこりゃ。寝て起きて戻っていればいいんだけど…。
夕食も済み、いよいよ懸念していた事が起きようとしていた。その懸念とは…風呂だ。私はクラトスの身体を何度か見ているから男性の裸を見るのに其処まで抵抗は無いが、ロイドはそうもいかないようだ。
「愛奈、風呂に入ってきなさい」
「え!?」
「…?どうしたのだ?それとも、一人では入れぬか?」
「そ、そういう事じゃないけど…!」
「愛奈、汗掻いたんだからさっさと入ってこいよ」
ロイドの言葉に一瞬怪しむクラトスにこれは不味いと、強く睨み付けながら早く入って来る様言うと、ロイドは渋々洗面用具と着替えを持って風呂へと入っていった。
私も入ろうと着替えを取りにロイドの部屋へと向かおうとしたその時、私はクラトスに肩を掴まれた。
「ロイド、少し良いか?」
「何だよ。俺も風呂に入ってこようと思ったんだけど…?」
「…愛奈の様子が可笑しいのだが、何か心当たりはあるか?」
不味い。これは非常に不味い。きっと多少なりとも何かあったと疑っているに違いない。此処は上手い事誤魔化して早くこの場を離れた方が良さそうだな。
「可笑しい?愛奈が可笑しいのなんて、今に始まった事じゃないだろ?」
「それはそうなのだが…ロイド、二人で居る時に何かなかったか?」
「何か…愛奈が俺を巻き込んで転けそうになった位かな。愛奈が庇ってくれたし、愛奈も直ぐに自分で回復したから大事には至らなかったよ」
「…そうか」
本当の事を交えて誤魔化すが、やはり嘘を吐く度にキシキシと心が痛み罪悪感に苛まれる。そんな事を知る由もないクラトスは安心した様子で此方を見て微笑む。一瞬どきりと心臓が跳ねときめくが、ロイドの姿でそんな素振りを見せれば、色々な意味で問題があるので此処はぐっと堪える。
「じゃあ、俺もそろそろ風呂に行くよ。…父さんも早く入って休めよ?」
「ああ、そうさせてもらう」
漸く部屋から出る事が出来、やっと気を抜けるとそう思ってた矢先に、風呂に入りに行った筈のロイドが少し離れた場所で何かと葛藤していた。
「そんなとこで何やってんだよ」
「愛奈か…!俺、風呂に入ろうとしたんだけど…コレット達が風呂に入るとこ見ちまって…入るには入れねぇんだよ!」
「ばっか…!大きな声出すなって!クラトスに聞かれたらどうすんだよ!」
「愛奈だって大声出してんじゃねぇかよ!」
「私が…どうかしたのか?」
「げぇっ!クラトス!?」
クラトスが居る部屋の近くで二人して言い合いをしていると、背後からクラトスの声が聞こえ二人して其方を向くと、ぎらりと鋭い目付きで此方を睨むクラトスが直ぐ其処に立っていた。
私とロイドはその恐ろしさに、冷や汗をだらだらと止めどなく流しながら震えていた。
「何故互いに自分の名を呼び合っているのか…無論説明してくれるのだろうな?」
地を這う様な低い声で問われ、ロイドに至っては此方を見てどうしようと震えていたので、私はロイドの手を引き肩に担ぎ上げると、廊下の窓から飛び降りて逃げる事を選択した。
こうして母子VS父による壮大な鬼ごっこが始まった。
「ロイド!正気に戻れ!街中走ってるだけじゃ追い付かれる!」
「じゃあ、どうしろってんだよ!…うわっ!クラトスの奴、すげぇ勢いで飛んでくるぞ!」
「今のロイドにも天使の羽があるだろ!」
家々の屋根を跳んで、鬼の形相をしたクラトスから逃げ回っているが、相手は全速力で空を飛んでいるのだ。追い付かれるのは時間の問題だろう。
私はロイドに羽を出すよう指示をすると、漆黒の羽を出して今度は私を抱えて飛び出した。
しかし、初めて飛ぶロイドがまともに飛べる筈も無く、結果再び私が担ぎ上げて路地裏へと逃げ込むハメになったのだった。
「路地裏なら飛んでは追ってこられないだろ…」
「ごめん…」
暫く路地裏を通ってクラトスから距離を取ると、物陰に隠れるように座って様子を見る私達。気配も音も感じない。どうやらそれなりに距離は稼げたようだ。
「仕方ないって。飛んだ事ないのに急に飛んで逃げろなんて無理だしな。それよりも、右手に嵌めてある指輪を此方に渡して。そんで一言『全部許可する』と言ってくれ」
「え?あ、ああ…『全部許可する』。これで良いのか?」
「……どうやら問題無いみたいだな。えーと…そうそう、これこれ」
許可が下りた指輪はロイドの身体であっても全て使用できるようになっており、アイテムを物色して以前使った透明になれるマントを取り出して指輪を元の位置に戻した。
「ロイド、私にくっついて」
「はっ…!?」
「良いから早く。あと、静かにしろや」
「は、はい…」
少々キツい言い方で此方に身を寄せるよう言うと、そろそろと私にくっついたのでふわりとマントを被って姿と気配を消した。
どの位経ったか分からないが、その場で動かずに息を潜めて隠れていたその時。遂にこの場所を嗅ぎ付けたのか、それとも虱プレスで探しに来たのかは分からないが、クラトスが静かに此方に近付いてきた。
その様子を、私達はただただ震えながら静かに息を潜め、早くこの場を去らないか祈っていた。
しかし、祈りは届かなかったのであった。
「…全く…二人は一体何処へ行ったというのだ…。ただ、話が聞きたかっただけなのだが…」
「「………」」
「何があろうと、あの二人に対して怒る事などある筈が無いというのにな…」
嘘だ。絶対にあれは嘘だ。あれは私達を油断させ誘き出す為の演技だ。そう私は分かってはいるのだが、残念ながらロイドはその演技を信じてしまい、つい飛び出してしまった。
ああ、なんという事でしょう。
「ごめん、クラトス!俺…!」
「ばっ…それは罠だ、ロイド!!」
「え…!?」
「愛奈…いや、今はロイドだったか。先ずは一人」
クラトスの前に飛び出してしまったロイドは哀れにもクラトスに捕まってしまい、アイアンクローで捕獲されてしまった。心なしか私の頭がミシミシと軋んでいる気がしないでもない。あの、それ一応お前の嫁の身体なんだが…。
「あ”がががっ!痛いって!!」
「さあ、次は愛奈の番だ」
「………」
じたばたともがき苦しむロイドを冷ややかな目で見詰めながら、今度は私の番だと凍てつくような冷たい声色で呟くクラトスの口端は、微かに弧を描いていた。目は笑ってないけどな。
非常に心苦しいが、私はロイドを生け贄にし透明マントを被ったまま足音を消して逃げ出した。背後からロイドの悲鳴が聞こえるが、考えも無しに飛び出したロイドの所為だ。無視を決め込んで足を止める事無く走り続けた。
「はあ…はあっ…ふっ…つ、疲れた…」
一体どれだけ走ったのだろうか。空はもう暗くなり、街灯は転々と灯り、家々の明かりも点いて夜だというのに街中は隠れる場所が無くなる程明るくなっていた。
しかし、歩く人達に紛れて歩けば此方は姿を消しているのでバレる事無く戻る事が出来るだろうと踏み、私は敢えて大通り歩いた。
「……」
無言でただただ宿に戻る為に足を進めていると、派手な祭の明かりに目が行ってしまい、思わず余所見をして足を止めてしまった。
マントを被っていなければ人は私を避けるだろうが、今の私は姿も見えぬ状態で気配も消していたのでその所為で私は誰かにぶつかり尻餅をついてしまった。
「った…!あ、す、すみませ……」
「此処に居たのか、愛奈…」
慌てて起ち上がってぶつかってしまった人に頭を下げて謝ると、今一番会いたくはなかった者の声が聞こえ、ひゅっと私の口からは声にならない悲鳴が上がった。
「ク…ラ…ト…ス……!?」
「随分と探したぞ。ロイドはもう宿へ戻った…私達も戻るぞ」
一体何をされるのかとガクガクブルブル震えながらクラトスの顔色を伺っていると、意外にも…とは失礼かもしれないがこれ以上何も言う事はせず、踵を返して宿へと向かって歩き出した。
「あ、あのー…クラトスさん…?」
「…何だ」
「これ以上何も言わないのか?説教とかお仕置きとか…」
「してほしいのか?」
「そういう訳じゃないけども…」
「ならば良いだろう。これでこの話は終わりだ、行くぞ」
それ以上クラトスは本当に宿に着くまで何も言う事は無かった。説教や仕置きよりも無言が何よりも一番堪えると、この時私は痛感した。
やはり、下手に隠したりするんじゃなかったな。
宿へと戻ってきた私達は、リフィルに今何時だと思っていると説教を喰らい、私に至っては尻叩きの刑に処される事となった。
ビシバシ叩かれた尻は赤く腫れ上がり、風呂に入る時に鏡で確認したら猿の尻の様であった。
「うう…こりゃ染みそうだな…」
ぶつぶつと呟きながら風呂に入り、身体を洗うとやはり激痛が走り、半ベソを掻きながら洗うハメになった。
やっとの思いで髪と身体を洗い終わって大きな浴槽へと入ると、叩かれた場所がピリピリと痛み、こういう時術が使えれば直ぐ治せるのにとぼやく。
暫く疲労を回復させる為にじっくり浸かって疲れを癒し身体を温めると風呂から上がった。
髪を乾かす際鏡を見ると、本当にクラトスそっくりだなと思わず笑ってしまう。親子似ている場所があるっていうのはちょっと羨ましいと思ってしまった。
「ふう、さっぱりしたー」
「愛奈…!!」
「うおぉっ!?」
上機嫌で部屋に戻ろうとしたら、後ろから勢いよくロイドが腰に飛びついてきたので、思わず前へ倒れそうになるのを何とか踏ん張って堪えた。
「な、何だ…ロイドか。いや、今は私がロイドか。ややこしいな」
「愛奈!お前、その状態で風呂に入ったのか!?」
「え?入ったけど?ロイドは?」
「うう…入ったけど、流石に女湯に入るのは抵抗があったから自室の風呂に入ったぜ…」
どうやらロイドは抵抗があったらしい。まあ、お年頃の男の子だし当然と言えば当然か。私は一切抵抗は無かったから、一切の迷い無く男湯へ直行したのだが。だって、男の身体はクラトスで見慣れているし、仮に見たからといって特別意識する訳でもない。
平然としている私に、ロイドはもうどうでもいいかと肩を落として自分の部屋へと戻っていった。その後ろ姿を見送り私も自分の部屋へと戻って眠りについた。
その後、寝て起きたら私の身体は元通りとなっていたが下半身に違和感があったので、取り敢えずロイドにタイキックを食らわせ水に流しておいてやった。。
入れ替わりってのは誰かがなっているのを見る分には面白いが、いざ自分がなってみると存外大変なのだと身をもって思い知った私であった。