第十九章 追憶の彼方
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ゴゴゴゴと昇降路の稼働音だけがこの場を支配した。
数秒の沈黙の後、顔面から徐々に血の気が引いていくのを感じた。
今あたし、勢いに任せてとんでもないことを口走ったような気が…恥ずかしすぎて何言ったか思い出せん!
ほれ見ぃ!先生、ぽかんとしとるやん!
あたしは居た堪れなさから、咄嗟にルーク(なぜか顔を紅くしている)の方へ全力で顔を向けた。
「………ね!ルーク!!」
「ぅえぇ!?そ、そうですよ!僕だって先生の一番弟子なんですから!」
「そう!あたしは先生の一番居候だからね!」
「…一番居候ってなんですか」
「位の高い居候に決まってるでしょ」
「居候に位も何もないと思います」
それはいつもと変わらないやり取りだった。まるで研究室で資料を読んでいる時に背後から聞こえてくるような、いつも通りの。
そしてレイトンは思った。この二人は私が無理をしているのではないかと心配しているのだ、と。
「よし、これについて熟考するのは全部終わった後にしよう!お茶とお菓子も用意してね!」
「それ絶対レイカさんがお菓子食べるだけで満足して終わりますよ」
「いやいやこの情報量を処理するには糖分は欠かせないから!じゃルーク、おいしいお菓子をよろしくぅ」
「子どもにたかるなんてどうなんですかね」
「子どもだなんて…あたしはルークのことを先生の立派な一番弟子として、お菓子を要求してるんだよ」
「…僕、レイカさんのこと反面教師として尊敬します」
「うむ!…うん?褒められてんのか?これ」
「ふふ」
零れた笑い声に、レイカとルークがレイトンを見た。その笑顔につられてルークも花が咲いたように笑っていた。
心配させないようにと平静を装ったつもりだったが、どうやら二人には不要だったようだ、とレイトンは改めて二人の頼もしさを身に沁みて感じた。
「ありがとう、二人とも。少し気弱になっていたのかもしれない」
「大丈夫ですよ!先生!」
「ま、いつものことだし………うそうそうそ!おい、これのどこが気弱なんだよ!」
「君たちのおかげで切り替えられたよ」
先生がスタスタとこちらに歩いてくるので条件反射で距 離を取りつつ逃げる。感謝しながら迫ってくるのはおかしいだろ!
窓際まで追い込まれてしまい、落とされるぅ!としゃがんで身構えた。
が、特に何の衝撃もないのでそろりと先生を見上げると、あたしの手前で止まり、とても嬉しそうに笑っていただけだった。
その笑顔が引き出せたのは嬉しいけど、なんだか気恥ずかしくてそっぽを向いて立ち上がった。…ここ暑いぞ。
するとちょうどよく昇降路も上の階に到着して扉が開いた。
「ほら、生物学上のお父さん止めに行くんでしょ!」
「レミさんとアーリアもきっと僕たちを待ってます!」
「あぁ!」
レイトンは急かす二人を見ながら、帽子の鍔を掴んで気を引き締めた。
昇降路を降りた先は、柱がいくつも立ち並び、ここを進めと言わんばかりに一本道が続いている。
今までのピラミッド感から雰囲気がガラリと変わり、天井と一本道の床がアスラントチックな青い素材に変わっていて、神殿の名に相応しく
「あれは…ブロネフです!レミさんとアーリアも」
「今なら彼らを止められる。急ぐんだ」
道の奥に立ち往生しているブロネフたちが見えてあたしたちは駆け出した。
でも一緒にいるのはレミとアーリアしか見当たらない。他にもモブの黒服が何人かいた気がしたけど…
しかも何やら揉めているようで、アーリアが何かを訴えかけていた。
「レミさん、話を聞いてはダメ!この先に進んだら、貴方も犠牲になってしまう」
「これでいいの、アーリア。教授たちをあんな形で裏切って、おじさままで裏切るなんて私にはできない」
「聞き分けのいい子だな、レミ。私を失望させてくれるな。ナゾを解くのだ!」
「…分かりました」
「レミさん!!」
「待つんだ!」
一人進もうとしたレミの背に、先生の声が届いてこちらに振り返った。
レミの瞳が揺れている。そんな顔するくらいなら今すぐこっちに帰ってきてほしい。
「この先には私が行こう」
「教授、この先は危険です。進んだら死んでしまいます!」
「それなら尚更、大切な助手である君をそんな危険な目には遭わせられない」
先生はレミを安心させるように迷いなく果敢に笑ってみせた。不覚にもちょっとかっこよく見えて隣で二度見してしまった。
「フフフ、お前を裏切った女をまだ助手と呼べるのか。大した男だ。ならばお前が先へ進むがいい」
「いいだろう」
先生は帽子の鍔を掴んで深く被るとブロネフたちの横を通り過ぎ、先へ進んでいった。
なるほど、そうやってモブの部下たちにナゾを解かせようとして誰もいなくなったんだな。自分は命令するだけで、レミや先生まで…
「アンタはそれでいいのかよ」
「何?」
「人を犠牲にしても手に入れたいものって何だよ。先生がアンタにとってどういう存在かだって分かってんだろ」
ブロネフは先生とデスコールの生物学上の父で、レミの大切な人で…
もしかしたら本当はすごくいい人だったのかもしれない。いや、レミが大切に思うくらいなのだからきっとそうだったんだろう。
あたしは全部がアスラントのせいとは思えない。タージェントが、環境が、ブロネフを【自己主張激しめ極悪非道グラサンロリコンニヤニヤ冷血漢】に変えてしまったんだ。
そう考えると、途端にブロネフという男が空虚な存在に思えてきた。
いつものように噛みつく訳でもなく、まるでこちらを見透かすような瞳を向けてくるレイカにブロネフは嫌悪を感じてサングラスの奥で目を細めた。
「何だその目は」
「きっとアンタは後戻りできないところまで来てしまったから、もう、これしかないんだろ」
「私を哀れとでも思っているのか」
こちらに近付いてくるブロネフに、レミが「おじさま」と制止の声を掛ける。
「そんなもの、アスラントの英知を手に入れるためならば取るに足らん」
「なら、仮にその英知が手に入ったとしても、アンタは満たされず空っぽのままなんだろうな」
「貴様に私の覚悟の何が分かる!!」
激昂したブロネフはレイカの胸ぐらを掴み上げた。
しかしレイカは動じず、掴まれたまま彼をまっすぐ見つめ返し、それがさらにブロネフの顔を歪ませた。
その時、レイトンがナゾを解き終え、先へ進む道が開かれた。ブロネフはそちらに顔だけ向けると待ちかねた表情を浮かべて、掴んでいたレイカを適当に突き飛ばした。
倒れ込んだレイカにルークがすかさず駆け寄り、同じく駆け寄ろうとしたアーリアだったがブロネフに腕を引かれ、そうすることはできなかった。
そのままブロネフは開かれた道を進み、隣にいたレミはやり切れない表情で俯きレイカたちに背を向けブロネフに付いていった。
「ご苦労だったな、レイトン。フフフ…もうじき、アスラントのナゾが解ける。この日のためにどれだけの苦労をしてきたことか」
「っ、話を聞いてほしい。アスラントを蘇らせてはいけない。蘇らせてしまえば、世界は滅びるかもしれないんだ」
「何を言う。アスラントは現代の文明を超越する英知を持っていたのだ。それを解き放ち、私は現代の救世主となる。お前はそれを見ているがいい」
「ブロネフ!」
相変わらず聞く耳を持たないブロネフは、先生の横を通り過ぎていった。
その後ろ姿を、拳を握って見送る先生は一体何を思い、どんな表情をしていたのだろうか。打った尻を擦りながらルークの手を借り立ち上がると、先生が心配そうに駆けてきた。
「レイカ、ケガは」
「押されただけだしコートがクッションになったから、何ともないよ」
眉を下げている先生にへらりと笑う。
本当はまだ尻がジンジンしてる。凄まれてちょっとビビった。そう言ってしまえば、きっと先生は自分のせいでもないのに謝ってくる気がした。それにこれ以上生物学上の親子の溝を深めさせたくなかったから。
今のあたしができる、精一杯だ。
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