豪雨の中の葛藤
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「どうしてここに?」
「ちょ、ちょっと散歩してて」
「君の嫌いな雨の中を?私の傘で?」
「……。大きい傘なら楽しいかなぁって」
苦し紛れの誤魔化しを聞いた先生は何かを察したように軽く笑みをこぼした。
変なところを察さないでほしい。『冷やかしに来ましたー!』とか言えなくなるじゃん。そのせいで今ものすごく恥ずかしい。雨に散々文句を言っていたあたしが豪雨の中お散歩なんてするはずないですもんね。
「わざわざ傘を届けにきてくれたのかい?」
「そ、そうだよ!大層ありがたく思ってくれたまえ」
「ありがとう、レイカ。助かったよ」
「………」
開き直ってわざと上から目線で言ったのに先生には全く効かなかった。むしろそんな素直に感謝されたらさらに調子が狂う。居心地の悪さに目をそらすと先生の視線があたしの手元に落ちた。
「それで君の傘は?」
「これには山よりも高く海よりも深い理由がありましてね、話してたら明日になっちゃうから全然気にしなくていいんだよ」
「そうか。じゃあ話してごらん」
「………傘がない親子にあげちゃった」
「雨の次は槍が降るな」
「どういう意味じゃい」
いつもの調子の返しに思わず顔を上げると、予想通り先生は微笑ましいものを見るような目で笑っていた。
…なんだか急に顔が熱くなってきた。
「暗くなる前に帰ろうか」
「え、でも傘一本しかないし」
「一本あれば十分さ」
先生の言葉に今度はあたしが首を傾げる。
なんだ?ナゾか?傘一本で最小回数で帰る方法的な?だとするなら答えは…
「………肩車?」
「君が下なら」
「せめて上であれよ」
「フフ、冗談だよ。そんな曲芸をしなくとも、一緒に入ればいいだろう?」
「………?」
言葉の意味を咀嚼していると、先生は「荷物を取ってくるよ」と研究室へ向かっていった。
一緒にって、それってあ…相合傘ァァァァ!?
え、ちょ、え、相合傘ってなんですか?どっかの島の猿アイアイの傘だっけ?んな訳ねぇだろ!何考えてんだ!!
お、落ち着けあたし、たかが相合傘に何を動揺してるんだ。一本の傘に二人で入るだけじゃん。友達同士でもよくやるし。その相手がただ先生なだけだ、何の問題がある。…いや、ある。だって近いもん。いや、イヤじゃないけどぉぉぉ!
フリーズしたままパニクっていると、いつの間にか戻ってきていた先生に傘をするりと抜き取られていた。帰るよと声をかけられ、そこでようやく我に返った。先生が傘を持ってくれてるので、せめて荷物は持つと提案したが却下された。手ぶらの相合傘って一体どうしていたら正解なんだ。
一人で差していた時は広いなと思っていた先生の傘は、二人だととても狭く感じた。しかも雨のカーテンのせいで外にいるはずなのに狭い空間に二人きりで閉じ込められたみたいな気分だ。
は?どどど動揺なんてしてないし。余裕だよ余裕。先生が近い?いやいや別に大した距離じゃないし。なんでか呼吸の仕方がわからなくなってきたけど。
このままでは酸欠になりそうだから濡れてでも少し離れようとジリジリと傘の外側へにじり寄るが、雨が当たるどころか傘の端にいつまで経ってもたどり着かない。どういうことだと先生の方を見ると、先生の肩には雨が当たっている。やめろ、ベタすぎる。
あたしは堪らずこちらに傾いていた傘の柄をぐいと先生の方へ押し返した。
「先生のために持ってきた傘なんだから先生がもっと入ってください!」
「君が傘の端に行こうとするからじゃないか」
「いやあたしは濡れてていいんで!」
「そういう訳には…」
「江戸っ子には雨に打たれたい時もあるんです!」
「雨嫌いな君がかい?本当はもっとスマートに傘を届けるはずが上手くいかなかったからといってヘソを曲げる必要はないと思うよ」
「うるさいな!そんなんじゃないし!先生こそこういう時だけ紳士ぶらなくていいから!」
「今からでも肩車にしようか」
「じゃああたし上!」
大雨の中、バス停前で押し問答しているとあたしたちを仲裁するかのようにバスがすぐやって来た。
相変わらず乗客はまばらで、適当に空いている席に座った。窓の外を見るととんでもない雨量になっていて、あたしは思わず顔を引きつらせた。でも先生はそれを見ても嫌な顔せず、むしろ口角を上げていて楽しそうだった。
「先生は雨好きなんですか?」
「ん?」
「なんか楽しそうだから好きなのかなぁって」
「そうだね。優しい誰かさんが傘を届けに来てくれる、今日みたいな雨は好きかな」
先生はそう言ってあたしに優しく笑いかけてきた。
誰もそんな詩的な好き嫌い聞いてないから!なんてツッコむ余裕はなく、火照った顔を180度そらした。
あたしにはわかる。たぶん先生はあたしの後頭部を見てなおもニコニコしている。今日は何もかも上手くいかない。全部全部雨のせいだ。
すると先生は追い打ちをかけるように笑みを含んだ声であたしに問いかけた。
「君は?」
「き、今日の雨は、嫌いじゃ、ない…」
あたしが必死にひねり出した蚊の鳴くような声をしっかり聞き逃さなかった先生はまた楽しそうに笑った。
豪雨の中の葛藤
END
